カモミールnetマガジン バックナンバー(ダイジェスト版)

 2012年11月号 

◆ 目次 ◆ ----------------------------------------------------------------------

(1) 所長だより
(2) 教育時事アラカルト
(3) 学校経営の視点から
(4) 今月のおすすめ書籍

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◇ 所長だより ◇

日本とシンガポールの教科書の特徴
教職教育開発センター所長   吉崎静夫

今月は、日本とシンガポールの教科書の特徴について紹介する。

ご存知のように、シンガポールの小・中学生の学力は世界のトップ水準にある。もちろん、日本の子どもたちの学力水準が高いことは世界に認められている。ここでは、まず、両国の代表的な教科書(小5算数)で扱われている内容の特徴を見てみる。主な特徴は、次の通りである。

@「数と計算」の領域において、小数と分数の計算は、日本よりもシンガポールの方が難しい内容を扱っている。例えば、シンガポールでは「小数第三位までの数と整数の掛け算」や「小数第二位までの数と整数の割り算」まで扱っているのに対して、日本では掛け算、割り算とも小数第一位までの数に限定されている。さらに、分数の足し算と引き算において、日本では同分母の分数だけを扱っているのに対して、シンガポールでは異分母の分数まで扱っている。さらに、シンガポールでは、分数の掛け算と割り算も扱われている。日本では6年生で学ばれる。

A「図形(量と測定を含む)」の領域において、いろいろ四角形の特徴を学ぶことは両国に共通している。しかし、日本ではシンガポールの6年生で学ばれる円の面積を含めて多様な図形(三角形、四角形)の面積の求め方が詳しく扱われているのに対して、シンガポールでは5年生の段階ですでに立体(立方体、直方体)の体積の求め方を含めている。

B「数量関係」の領域において、割合と百分率は両国に共通している。しかし、日本では割合を表すグラフ(帯グラフ、円グラフ)を同時に教えているのに対して、シンガポールでは「比」や「平均」にまで割合の内容を高めて扱っている。

Cシンガポールでは、電卓を使って多様な四則の計算を行う内容を含めている。

さらに、シンガポールの教科書の表現・構成には、次のような特徴がみられる。

@どの単元においても「文章題」が多く出題されている。そこには、算数の問題を日常生活と結びつけることによって、児童の学習意欲を高めようとするねらいがある。また、読解力の育成にもつながっている。

A図形の学習ばかりでなく、分数や百分率の学習においても図式化が多用されている。そこには、図式による「具体化」から数式による「抽象化」へのスムーズな展開という明確な意図がある。特に、「分数の割り算」での図形、線分図、数直線そして数式への移行は巧みである。

B5年生の算数は、2冊の教科書( course books )、4冊の学習ワークブック( activity books )、1冊の教師用参考書( teacher’s resource pack )といった豊かな内容のパッケージで構成されている。そのため、児童は多様なレベルの問題に取り組むことができる。つまり、このパッケージには、基礎・基本の習得とともに、高次の思考能力を育てるというねらいがある。

このように、両国の算数(小5)の教科書には多くの点で共通性があるが、違いもみられる。概していえば、シンガポールの教科書には、「文章題」や「図式化」の多用が認められる。わが国の教科書も学習指導要領の改訂にともなって質量ともに豊かになったが、シンガポールのような学力トップ国から学ぶことがまだまだ多いと感じた。

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◇ 教育時事アラカルト ◇

飲酒運転と懲戒処分
教職教育開発センター教授  坂田 仰

 もうすぐ師走,忘年会のシーズンを迎える。毎年,この時期になると,飲酒運転を戒める通知が届く。確かに,飲酒運転に対する非難感情が高まっているにもかかわらず,今も少なくない教員が,飲酒運転を理由に検挙されている。文部科学省の調査によれば,平成22年度に交通事故(人身事故等を伴わない交通違反も含む)により当事者責任として懲戒処分を受けた教育職員の数は349人,そのうち,飲酒運転(酒酔い運転及び酒気帯び運転)を原因とする者が64人,全体の18.3%を占めている。

 民間企業等では,職務と無関係に起こした交通事故や飲酒運転については懲戒の対象外としているところが多い。これに対して,教員の場合,公立,私立を問わず,飲酒運転を行っただけで,勤務時間外であろうが,事故を伴わないものであろうが関係なく,厳格な処分が下される例が多い。特に2006(平成18)年8月,福岡市で地方公務員による飲酒運転事故が発生し,三人の幼い命が失われて以降,公立学校でその傾向が顕著になっている。周知のように,原則懲戒免職とする自治体も少なくない状況にある。

 裁判所は,教員が有するロール・モデル的性格を強調し,重い懲戒を容認する傾向にある。子どもの規範意識を育てる立場にある教員には,子どもの模範となることが必要であり,軽微な法令違反に対しても懲戒処分が許容されるとする論理である。例えば,福岡高等裁判所判決平成18年11月9日判決は,「少なくとも教員については,児童生徒と直接触れ合い,これを教育・指導する立場にあるから,とりわけ高いモラルと法及び社会規範遵守の姿勢が強く求められる」と強調している。

 当然のことながら,懲戒処分を行うにあたっては,懲戒理由に該当する行為の外形だけではなく,当該行為が社会や公務に及ぼす影響等,広く諸般の事情を考慮することが認められている。したがって,飲酒運転を理由として公立学校教員を懲戒する場合,規範意識を育むという教職の特殊性を強く考慮することは容認されるであろう。ただ,免職処分は,被処分者の生活の糧を奪い去るという意味において“死刑判決”に等しいといえる。その点をどこまで考慮に入れるべきか,この点については慎重な議論が必要となるであろう。

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◇ 学校経営の視点から ◇

担任の学級経営力を育てる校長に (2)
教職教育開発センター客員研究員 田部井洋文

 前回から「学級経営力」を取り上げている。現在、多くの校長が学校経営上の大きな課題であると指摘し、指導に力を入れている問題である。私が時々訪問する学校の先生方においても、一様に自分の学級経営には不安を感じていると言う。努力されている先生方の学級経営の実践から何らかのポイントを見出したいと思い、いろいろと話を聞かせて頂いた。その中で、信念を持って徹底して取り組まれていることのいくつかを聞き取ることができた。

それは、どの先生方も、まず、「学級生活のルールの確立」と、「教師と子ども、子ども同士の関係(つながり)づくり」をベースにしている、ということであった。「学級生活のルール」と言うことについては、教室に掲示したいくつかのルール・きまりを「絵に描いた餅」にしないように努めているとのことである。学級が不安定になるのは、集団におけるルールの持つ意味の指導が子どもたちに浸透していない場合や、担任が思いつきで行動したり、ルールに対する例外をたくさん認めたりと言う指導方針の一貫性を欠いた状態が続いた場合だと言う。そして、今の子どもたちには、特に基本的なルールの学習を徹底することが極めて大切だと強調され、各先生方が重視している基本ルールというものを教えていただいた。それらを整理してみると、その基本ルールはどの先生方にもほぼ共通している内容であった。それは「人の話は最後までしっかり聞くこと」「自分の考えははっきり言うこと」「集団で行う活動では協力し合うこと」「みんなで使う器具や施設は大切に使うこと。後始末、掃除はきちんとやること」「他人の人権は侵害しないこと」。これらが学校生活ではなぜ大切かを、場に即して、納得できるよう繰り返し指導しているとのことである。

「関係(つながり)づくり」については、それが望ましく取り組まれていない学級においては、分かりやすい形で現れてくるということであった。例えば、子どもたち同士の関係がうまくいっていない場合には、学級内に特定の小さなグループが生まれ、いつも一緒に行動したがるようになる。そして、そのグループ内のつながりを強固にするために他の級友を排斥、差別化したりすることがある。学級全体の助け合う関係はほとんど姿を見せなくなる。授業中の学び合い活動にも影響してくる。公共物の扱い方においては、みんなと一緒に使うもの、という意識がなくなってくるので、後で使う人のことは考えられず乱雑に扱うようになる、ということである。教師と子どもとの関係(つながり)がうまくいっていない場合には、子どもは教師に内面を打ち明けることも少なくなり、時として教師に反抗的な態度をとったり、教師への否定的な意識を抱いたりするようにもなる。頷けることである。

私は、先生方から学級経営に関する上記のような話をいろいろと伺いながら、以下のような関係図を考えた。次回はこの図を基に校長が指導すべき学級経営力について考えてみることにする。



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◇ 今月のおすすめ書籍 ◇

〜 一生涯学び続ける力とは〜
「フィンランドは『学力』の先を行っている―人生につながるコンピテンス・ベースの教育―」
福田誠治著 亜紀書房 定価 1,600円(税別)

フィンランドは、宿題も点数競争もないのに国際学力調査(PISA)ではトップクラスの成績を収めていることはよく知られています。子どもが自ら学ぶことを基本に据え、一人ひとりを平等に扱うことがフィンランドの教育の特徴といえるでしょう。一方、同調査結果が低迷している日本では、フィンランドの教育に大きな注目が集まりました。しかし、どうもフィンランドの教育が部分的にしか語られていないような気がします。

本書は、フィンランドの「学力」の背景には、ペーパーテストで知識内容を問う「コンテンツ・ベース」の教育から、後期中等教育における職業教育の充実によって「社会に通用する力」を測る「コンピテンス・ベース」の教育への転換があることを解き明かしてくれます。現代は、転職の機会も多く、知識や技能を学齢期に習得しただけは通用しません。義務教育で学び続ける力と学ぶ意欲を形成し、それ以後は本人の自主的・自発的学習が求められます。いわば、教育は「人生全体に埋め込まれたもの」ともいえるでしょう。他のヨーロッパ諸国と同様に資格制度社会であるフィンランドは近年、職業教育改革に取りくんできました。小・中学校では、ものづくりを学ぶ「工芸」の他、教科統合と教科横断的なテーマによる学習を行い、16歳以降は普通科高校と専門学校(職業高校)に分かれて、より専門性を高めていきます。専門学校の1年生は理論的な学習と基礎的実践を行いますが、3年生になると一般企業で実際に働きます。知識や技能を授けるというより、「自ら学び、自分の力の社会的有用性を確かめながら、学び続ける力も付ける」ことを目指し、「社会に通用する力」を身に付ける労働実践がきわめて重視されています。テストの点数で将来を描くのではなく、どのような職種で何をしたいのか、そのために何を学ぶのか具体的な目標が提示されているわけです。人生と教育のつながりの重要性が国民全体の共通認識としてあるからこそ、PISAにおいて好成績を収められることが分かります。フィンランドの教育の理解を抜きに「PISA型学力」に振り回されぬよう読んでおきたい一冊です。  (関)

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