カモミールnetマガジン バックナンバー(ダイジェスト版)

 2012年9月号 

◆ 目次 ◆ ----------------------------------------------------------------------

(1) 所長だより
(2) 教育時事アラカルト
(3) 学校経営の視点から
(4) 今月のおすすめ書籍

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◇ 所長だより ◇

カナダの小学校での教育方法(その2)
教職教育開発センター所長   吉崎静夫

 8月号の「共感力の根( Roots of Empathy )を育てる授業」に続いて、今月号でもカナダの小学校での教育方法について紹介します。

 カナダの小学校における教育方法の特徴の一つは、「ルーブリックの作成と作品評価による基準の明確化」にあります。なお、ルーブリックとは、主に質的な評価をするための基準(規準)のことです。

 私たちが訪問したオンタリオ州グランド・エリー地区にあるNorth Ward小学校と Cederland小学校においては、どの教科でも発達段階に応じてルーブリックが活用されていました。つまり、学習成果物を掲示し、それに対する明確な基準が教師による具体的な記述により明示されているのです。

 以下の報告は、私がリーダーを務めたカナダ調査に参加した関西大学の黒上晴夫教授がまとめたものからの引用です。

 「例えば、North Ward小学校の1年の教室にはルーブリックと各レベルに該当する児童の作品が貼られ、『なぜそのレベルなのか』、『どうすればBump it up (レベルアップ)できるか』を具体的に示している。なお、この学習課題におけるルーブリックは次のように示されている。

レベル1:キャラクターがどのように感じているかを述べているが、トピックからそれていることがある。
レベル2:絵を手掛かりとしてキャラクターがどのように感じているかを述べている。
レベル3:キャラクターの視点にたって、絵や物語から詳しく述べている。
レベル4:キャラクターがどのように感じ、考えているか述べており、自分とのつながりや説明の根拠が示されている。

 5年の教室では、『Fuzzy Ball stories』 の課題『絵本を作る。場面ごとにカラフルな”Fuzzy Ball(綿毛で作ったボール)”を登場させた5つ以上の場面を作る。短い説明はクリエイティブであること、Fuzzy Ballが各場面で体験していることを感じさせるような五感(例えば、Fuzzy Ballが声を発する)を含むように務めること。イラストは工夫され、詳細で、記述が具体的であること』である。ここでもルーブリックが4つのレベルで示され、児童の具体的な作品と共に教師のコメントが書かれていた。例えば、Fuzzy Ballをイモムシの一部にしたレベル3の児童に対しては、『創造的な話だ。緑のFuzzy Ballがイモムシのナチュラルな部分になっている。レベルアップのためには、イモムシが何を感じ、匂い、味わっているか、もっと感覚を使おう。整えて綺麗にするために色付けに時間を使おう。頑張って!』とコメントが書かれている。」

 オンタリオ州教育省では、「75%の児童生徒が、リーディングとライティングと算数・数学の州標準の目標を達成すること」に重点を置いているが、ルーブリックと実際の作品の掲示を通して明確な指導を行うことで、児童生徒一人ひとりの確実なスキルアップと定着を目指しているのです。わが国の小・中学校にも大いに参考になると思われます。

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◇ 教育時事アラカルト ◇

教科書無償制度の矛盾?
教職教育開発センター教授  坂田 仰

 学校といえば“教科書”を思い浮かべる人が少なくない。教科の授業において,「教科書」は,「主たる教材」と位置づけられており,その意味においては確かに主役的存在といえる。では,法的に見て,教科書とは何であろうか。教員は,この点を案外曖昧にしたままである。

「教科書の発行に関する臨時措置法」は,教科書を「小学校,中学校,高等学校,中等教育学校及びこれらに準ずる学校において,教科課程の構成に応じて組織排列された教科の主たる教材として,教授の用に供せられる児童又は生徒用図書であつて,文部科学大臣の検定を経たもの又は文部科学省が著作の名義を有するもの」と定義している(2条1項)。教科書には,文部科学大臣の検定を経た教科書と,文部科学省が著作の名義を有する教科書の二種類が存在していることが解る。前者を「検定教科書」,後者を「文部科学省著作教科書」と呼ぶことが多い。

 そして,義務教育段階においては,この教科書に要する費用が無償とされている。いわゆる教科書無償制度である。学校現場では,これを義務教育の無償制を定めた日本国憲法26条2項と結びつけて考える向きが多い。だが,最高裁判所は,一貫して,教科書無償制度と憲法26条2項は直接関係はなく,憲法レベルで無償が保障されるのは授業料のみとする考え方に与している。そのため,教科書無償制度は,「義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律」という特別な法律によって根拠づけられている(昭和38年法律第182号)。この法律によって,国が,毎年度,義務教育諸学校の児童及び生徒が各学年の課程において使用する教科用図書を購入し,義務教育諸学校の設置者に無償で給付する仕組みがつくられているのである(3条)。

 教科書無償制度でいう義務教育諸学校とは,国公私立の区別を問わず,学校教育法1条に規定する小学校,中学校,中等教育学校の前期課程並びに特別支援学校の小学部及び中学部を指す。教育基本法は,学校教育を運営する上で不可欠な費用である授業料に関して,「国又は地方公共団体の設置する学校における義務教育については,授業料を徴収しない」と規定し,私立学校を除外している(5条4項)。にもかかわらず,教科書に要する費用は,公立学校,私立学校ともに無償とされている。ここにある種の矛盾が存在しているように見える。この矛盾については,法律制定時に国会等でも議論されたようであるが,教科書のみ無償とするこの制度は,法律制定から50年近く経過した現在,すっかり定着してしまったように映るのは気のせいであろうか。

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◇ 学校経営の視点から ◇

「自己肯定感」について
教職教育開発センター客員研究員 田部井洋文

 残暑は相変わらず厳しく、空調設備のない校舎の三階では、一階の教室より3度ぐらい気温が高いといわれていますが、子どもたちは元気よく二学期をスタートさせたでしょうか。近く運動会が行われる学校では、校庭での練習の機会も多くなってきていると思いますが、水分の補給や休憩時間の確保などについて学校全体で改めてチェックし合うことを願うところです。

 ところで、学校では様々な「学校行事」が行われていますが、これらの行事への取り組みは、子どもたちの自主性や責任感、協調性、連帯感等々を育てる絶好の機会となることから、どの学校においても重視しています。学年ごとの成長・発達を如実に物語ることができ、下学年にとっては一つの憧れ、目標とすることができるものです。また、個々の育ちの状況も明確に確認することができ、「育ちの節目」とすることもできます。

 そこで、この「育ち」の評価の観点の一つとして、子どもたちの「自己肯定感」について考えてみたいと思います。

 自己肯定感については、それぞれの個人が持っている内的な属性を重視し、「自分はこういうことができる。ああいうこともできる。これは他よりも優れている。」と、その能力・特性の価値を他と比較して評価することから生じる自己への肯定的な感情(評価・比較による自己肯定感)を取り上げることがあります。このようなとらえ方だけでは、他者との比較の中で自分の持っている能力・特性を相対評価するため、比較対象によっては「自分は不十分だ。」となりやすく、自分への肯定感情が不安定となり、高まりにくいのではないかと思っています。

 そうではなく、子どもの自己肯定感を育てるには、まず「他者との関係の中で生きている自分」を意識できるようにすることが大切であると思っています。「自分は自分とかかわる周囲の人々を信頼している。そして、自分はその周囲の人々からありのままの自分を受け入れてもらっている。」と感じ、「自分はかけがえのない存在として周囲の人々から慕われ、好かれている。」と自分を受け止める。このような自己に対する肯定的な感情が自己肯定感であり、このような感情を集団との関係において抱けるように指導することが何よりも求められていることだと思っています。学校においては、日々の学級での生活や、異学年でのクラブ・部活動等での人間関係の在り方がこの感情を抱くことに大きく影響することになるので、望ましい人間関係づくりとは、一人一人が自己肯定感情を抱くことができるようにする取り組みであるともいえます。

 よって、自己肯定感を育むには、上記のようなとらえ方に立ち、子どもの所属する集団が包容力のある、対話的な関係を大切にするように指導し、どの子も自分の存在が受け入れられているという安心感を抱けるようにし、その安定した仲間関係の中で、様々なことに挑戦できるようにすることです。そして、その挑戦の中で見えてきたその子の能力・特性を認識させつつ、失敗や成功を繰り返しながらいろいろなことに取り組んでいる今の自分を丸ごと受け止め、そのような自分へ肯定感情を抱き、高めていくようにしていくことです。校長は、子どもたちのこのような感情の育ち具合を教職員と協議し、保護者の方々とも交換してはいかがでしようか。

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◇ 今月のおすすめ書籍 ◇

〜 本と人を結びつける環境とは〜
「読書を支えるスウェーデンの公共図書館―文化・情報へのアクセスを保障する空間」
 小林ソーデルマン淳子 他著 新評論
定価 2,200円(税別)

本書の口絵に掲載されたストックホルム市立図書館に一目惚れです。3階まで吹き抜けの円形エントランスホールの壁面には本がぎっしり!360度本に囲まれた空間はまさに圧巻ですが、決して威圧的ではありません。暖色系の背表紙が並ぶ書架はとても美しく、来館者を包み込むような暖かさと居心地の良さが感じられるのです。

スウェーデンでアンケートをとると、住民の85%が図書館を「社会にとって重要なもの」と考えており、公的サービスの満足度では病院や学校を抜いて図書館が最も高いそうです。移民や難民が多いスウェーデン社会において、公共図書館は「人々が平等に情報にアクセスすることを支援する」ことを目標に据えています。誰が来ても拒むことはないし、すべての人が平等という利用者に対する包容力が満足度につながっているのでしょう。マイノリティ住民や障碍者へのサービスの充実はもちろん、大都市と地方で文化的格差が生じないよう「コミューン」(市町村レベルの行政単位)の図書館でも映画会やコンサート、講演会などが頻繁に開催され、「文化センター」としての機能も果たしています。

公共図書館との複合施設になっている学校図書館では、図書館利用と情報活用能力を習得するプログラムが9年間を通して組まれていますので、卒業までに基礎的情報スキルを無理なく身につけることもできます。さらに、読者と本を結び付けるための読書振興にも図書館がしっかりと位置づけられており、四季折々に図書館を中心とした読書関係の行事が開催されます。なかでも、作家が図書館を訪問し住民と直接コミュニケーションをとる「図書館訪問」は定番となっており、子どもたちはノーベル賞作家や児童文学作家との交流でワクワク・ドキドキの時間を過ごすのです。

読書の重要性は言わずもがなのことですが、こんなふうに自然と本を読みたくなる環境があったなら、夏休みの宿題で「読書感想文」に悩まされることもなかったかもしれない・・・と、子どもの頃を思い出しました。図書館の存在意義を再認識させてくれる一冊です。

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