カモミールnetマガジン バックナンバー(ダイジェスト版)

 2012年8月号 

◆ 目次 ◆ ----------------------------------------------------------------------

(1) 所長だより
(2) 教育時事アラカルト
(3) 学校経営の視点から
(4) 今月のおすすめ書籍

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◇ 所長だより ◇

カナダの小学校での教育方法―「共感力の根( Roots of Empathy )」を育てる授業
教職教育開発センター所長   吉崎静夫

大津市の中学2年生自殺のニュースが連日報道されている。この痛ましい出来事は、18年前に愛知県で中2の大河内清輝君がいじめられたという遺書を残して自殺したことを、私たちに思い出させる。このような悲劇を繰り返さないためには、どうしたらよいのだろうか。一つの有力な方法は、小学校の低学年や中学年のときから、「他者の感情に共感できる能力」を育てる教育プログラムを学校で行うことである。

そこで、今月は「いじめ問題」への対応に苦慮してきたカナダが全国レベルで行っている「共感力の根( Roots of Empathy )を育てる授業」を紹介する。

2010年3月23日にカナダのオンタリオ州グランド・エリー地区にあるNorth Ward Elementary Schoolを訪問した。そして、いくつかの授業実践を見学することができた。その際、校長先生が授業者となって小学校3年生を相手に実践したRoots of Empathy(共感力の根― ROEと略称される )の授業が特に印象に残った。

1 Roots of Empathy( ROE )のねらい
 1996年にカナダの教育者Mary Gordon氏によって始められたROEは、今やカナダ国内はもちろんのこと、ニュージーランドやマン島( the Isle of Man )、アメリカでも実践されている。そして、ROEの教育プログラムには、幼稚園から第8学年の子どもの社会的・情緒的能力を育てながら、子どもの攻撃性を低減させるねらいがある。もちろん、そこには「いじめ防止」というねらいがある。
なお、Empathy(共感力)について、次のように述べられている。

 Empathyは、他者の感情に共感できる能力である。そして、他者が物事を見て感じるように、自分も物事を見て感じる能力は、子育てや、人生のあらゆる段階での社会関係がうまくいくための中核的なものである。さらに、Empathyは、人の攻撃性を抑制し、向社会的行動に向かわせる。したがって、Empathyは、道徳性や正義感の基盤である。

2 ROEプログラムの構成要素
 ROEプログラムには、次のような構成要素がある。
(1) 約30分間のROE授業を年間で27回実践する。
(2) Family Visits と呼ばれる授業が年間で9回実践される。そこでは、近隣に住んでいる赤ちゃんと親がROEインストラクターと共に3週間ごとに教室を訪れて、ROE授業に参加する。この授業が、ROEカリキュラムの中核を構成する。
(3) 四つの学年段階(幼稚園、第1〜3学年、第4〜6学年、第7〜8学年)ごとに共通する9個のカリキュラム主題がある。それらは、@Meeting the Baby ACrying BCaring and Planning CEmotions DSleep ESafety FCommunicating GWho Am I? HGoodbye and Good Wishesである。
(4) 資格を有するROEインストラクターがいる。さらに、インストラクターをサポートする指導者(メンター)がいる。また、インストラクターの能力を高めるためのワークショップが開催される。
(5) ROEインストラクター、参加する家庭(赤ちゃんと親)、担当教師間のコミュニケーションを親密にとる。
(6) すべての担当教師と児童・生徒が学年末に授業評価に参加する。

3 North Ward Elementary SchoolでのROE授業
 前述したように、校長先生が授業者となって小学校3年生を相手に実践した。これは、ROEが地域とのつながりを大切にすることと、その実践には校長が責任をもつということの具体的な表れである。

 本時の主題は、Safety(安全)である。そこで、赤ちゃんが家で安全に動き回れるための配慮について子どもに考えさせる。次に、赤ちゃんの「身長がどれだけ伸びたのか」や「体重がどれだけ増えたのか」をみんなで調べる。さらに、インストラクターの問いに答える形態で、何歳になったのかも計算する。さりげなく、算数の計算力が生かされている。
子どもたちと赤ちゃんのかかわりが、実に自然でほほえましい。赤ちゃんに触れたり、ボールで一緒に遊んだり、声かけをしている。また、赤ちゃんと子どもたちのかかわりを見つめる大人(両親、担当している校長先生、インストラクター)の表情には、真剣な中にも温かさがある。その他には、手話を交えて斉唱したり、一人ずつ詩を朗読する活動があった。なお、校長先生の歌のうまさには驚嘆させられた。
このようなプログラムがそのまま日本に導入できるかどうかは検討の余地があるが、子どもたちが赤ちゃんと関わる活動はとても意味のあることである。

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◇ 教育時事アラカルト ◇

小中学校の耐震化率
教職教育開発センター教授  坂田 仰

 2012(平成24)年4月1日現在の耐震化率が,文部科学省から発表された。全国平均では,小中学校が84.8%,高等学校が82.4%,幼稚園が75.1%,特別支援学校が92.9%となっており,幼稚園の耐震化工事があまり進んでいないことが明らかになっている。

 現在,文部科学省は,東日本大震災を契機として,平成27年度までの出来るだけ早い時期に耐震化率を100%にすることを目標に国庫補助のかさ上げ等の措置を講じている(公立の義務教育諸学校等施設の整備に関する施設整備基本方針)。小中学校を例にとると,前年度と比較し,耐震化率がおよそ4.5ポイント向上している。また,耐震化率の伸び率が50ポイントを超えた設置者(過去3年間)は,大阪府高石市,鹿児島県垂水市,奈良県大和郡山市など129設置者ある。これらデータからは,政府の施策が確かに一定の成果を出していることがわかる。

 だが,大地震が想定されている静岡県(98.8%),愛知県(98.0%),三重県(96.8%),東京都(96.7%),神奈川県(95.2%)等で耐震化率が95%を超えている一方で,広島県(62.5%),山口県(69.0%)と未だ60%台に止まっていてる自治体も存在している。また,既に耐震化率が100%に達している設置者は750(全体の42.1%),耐震化率が50%未満の設置者は65(全体の3.7%)である。従来から指摘されている自治体毎の偏りは依然として残されたままであることを見逃してはならないであろう。

 なお,地震防災対策特別措置法によって義務化されている耐震診断の実施率は99.0%であり,耐震化工事どころか,耐震診断すら未実施の建物を保有する設置者が今も178存在している。また,耐震性がないとされる建物(耐震診断未実施の建物含む)が,全国の小中学校に未だ18,508棟も残されたままになっているという。これら設置者は,子どもの生命,身体の安全をどのように考えているのであろうか。財政状況その他,事情はあると思われるが,これ以上の遅れは許されないという強い姿勢を求めたいところである。

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◇ 学校経営の視点から ◇

校舎屋上に校長室を移して考える
教職教育開発センター客員研究員 田部井洋文

 開催中のロンドンオリンピックでは、多くの種目において応援席から、それぞれの選手の士気を高めるような声援が送られ、それに応えようと必死に挑む選手の姿が映し出されています。「感動をありがとう」の横断幕も揺れます。辛い苦しい練習に耐えた選手の試合後の誇らしい表情には何回も拍手を送ってしまいます。地元や出身校の応援団の盛り上がりも映し出されています。全身を使っての大応援の姿です。インタビューに答える選手たちは、笑顔の中から「多くの方々に支えられ、励まされて・・」「このチームで戦えたからこそ・・」と言う言葉が発せられています。まさに選手と応援する人・関係スタッフの一体感が感じられ、私もテレビの前で思わず掛け声をかけてしまいます。気持ちも晴れ晴れとしている毎日です。

○子どもの育ちと学びのステージはどこか
 連日の報道から「それぞれの立場で力を出して取り組み、その力を合わせてやり遂げる」という姿を受けて、今月号では子どもへの社会の関わり方について考えてみたいと思います。いまさら言うまでもなく、子どもを社会の後継者として育てていくためには、この考え方は極めて重要であり、不可避のことです。ところが、多くの学校には、子どもの育ちと学びのステージは学校内であるとして、学校教育の責任において子どもを育てるという考え方が強すぎるように見えます。子どもの住む地域全体が、当然学校も含めてのことですが、育ちと学びのステージであるとし、そこでの子どもの教育の在り方、そのための具体的行動を創りだすという考え方にはなれないでしょうか。

○既存の組織で共育を推進する
 子どもを育てる中心者、責任者は学校であるとし、目指すべき子ども像を学校で決め、それに向けた学校の取り組みに協力するのが家庭・地域社会の役割だとして、協力を求めることに終始する学校でよいのでしょうか。学校教育が担うべき内容にかかわって、家庭、地域の理解・協力を得ることは当然ありますが、学校教育だけで人間形成の基礎を担うということは困難であるという認識を強く持ち、そのための教育態勢を地域社会に創りだすこと(共育)に具体的に動きだすことが急がれていると思っています。

多くの学校にはPTA役員や地域の方等による組織があると思います。私もある学校の関係者等とともに学校評価委員会に参加していますが、例えば、この組織を活用して、次のようなことはできないでしょうか。年度当初に、「学校評価の観点」である「学力向上」や「人間性・社会性の育成」等に関わって、「学校での取り組み」以外に、「各家庭では、町会ではどんな取り組みをしていくか」を話し合い、それぞれの取り組みが一目で分かるように図表等に表し、繰り返し周知し、コンセンサスを図るようにします。保護者にはPTAの各会合等で、町会にはその総会や役員組織、回覧板等々を通して。それぞれの組織が自らの責任で議論を深め、周知を図るようにします。そして、評価の時期には、学校の取り組みだけでなく、家庭・保護者や地域社会の取り組みもアンケート等に基づき振り返るようにし、「役割分担」「子どもの育ちと学びに責任を負う」ことが今年度どこまで進んだのかを検証するようにします。組織の名称は学校評価委員会ではなくなり、地域の教育力を総合的に評価していく組織になるとともに、評価のためだけの委員会ではなく、それぞれの課題を学校を含めた地域社会全体で推進・調整する委員会となります。

○校長室を屋上に移して考える
 この時期、暑いですが学校の屋上に校長室を移すと、子どもの生活している世界は多様に、複雑に広がっていることに改めて気付かれ、地域での子どもの居場所づくりとして、多様な子ども集団を形成することの必要性や、子どもたちが多様な大人とかかわり、出番や役割、承認を得られる機会を設けることの重要性など、地域社会ならではの役割を感じられることと思います。子どもたちを地域住民の一人として、地域社会の必要な一員として位置づけ、役割を遂行させることも迫らなければなりません。また、各家庭の屋根を見ては、家族の団欒を大切にし、個食、個室、個電などのさびしい状況に陥ることがないことを願われることと思います。屋上のような子どもの生活圏が見渡せる場所に関係者と共に陣を構え、「この地域の子どもは、学校・家庭・町会等が連携し合い、地域社会全体で育てよう」の精神の下に、実践課題をいくつか取り上げ、具体的に一つ二つ程度決めてはどうでしょうか。そして、何よりもこうした動きをコーディネートするキーパーソンを関係者の中から見つけ出してほしいと思います。

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◇ 今月のおすすめ書籍 ◇

〜 これからの若手管理職に強い味方 〜
「校長の実践経営術 25の鉄則」
 貝ノ瀬 滋著 学事出版
定価 1,800円(税別)

今、学校では管理職不足が深刻化しています。さらに、「団塊の世代」の大量退職がそれに拍車をかけ、近い将来、30代の校長が誕生するともいわれています。その一方、管理職には「マネジメント」の発想が益々求められるようになり、若手管理職といえどもベテラン管理職と同様に切磋琢磨しなくてはなりません。本書は、東京都三鷹市の小学校長を務め、現在は同市教育長として「小・中一貫コミュニティ・スクール」推進に手腕を揮う著者が、若手管理職をイメージしながら、学校経営において活用できる様々な知見やノウハウを「25の鉄則」としてまとめたものです。「鉄則」は「校長として求められる『心構え』」、「基盤となる『仕組み』を構築する」、「教育の『新しい潮流』を採り入れる」の3章に分類されています。一例を挙げると、「校長の仕事―担うべき役割の『選択』と『集中』を図れ―(鉄則1)」、「教職員の育成―日頃の『観察』と『褒め言葉』を忘れるな―(鉄則5)」、「保護者対応―『消費者意識』ではなく『当事者意識』を醸成せよ―(鉄則7)」、「教育課程―既成概念にとらわれず、時に常識を覆す提案もせよ―(鉄則14)」、「校内研究―全教職員が『チーム一丸』となるように仕向けよ―(鉄則15)」、「学校評価―『辛口の友人』と思って耳を傾けよ―(鉄則24)」といった具合です。

管理職経験者による同様の書は、残念ながら「経験談」に終始して退屈することも少なくないのですが、本書は現在の学校経営が抱える問題の本質を捉え、小気味よく切り込んでいくことで、読者の凝り固まった観念を柔らかにしてくれます。「校長の『裁量権』を小さいと思ってはいけません。現状の学校教育制度において、学校裁量でできることは山のようにあります。できないことのほうが少ないといっても過言ではありません。そのためには勉強が必要です。学校教育を取り巻く法律・制度に精通し、他校の実践を広く知り、異業種の人と触れ合って多様な価値観を吸収することが求められます」という著者。管理職を支えつつ若手育成を担うミドルリーダーにもお薦めの一冊です。 (関)

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