カモミールnetマガジン バックナンバー(ダイジェスト版)

 2012年4月号 

◆ 目次 ◆ ----------------------------------------------------------------------

(1) 所長だより
(2) 教育時事アラカルト
(3) 学校経営の視点から
(4) 今月のおすすめ書籍

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◇ 所長だより ◇

アメリカのレッスン・スタディを見学して(その2)
教職教育開発センター所長   吉崎静夫

 今回は、先月のサンフランシスコの小学校に続いて、オークランドの中学校(といっても、日本の小学校6年生にあたりますが)の「レッスン・スタディ」について報告いたします。

 オークランドは、サンフランシスコからBART(湾岸電車)で約20分の所にある40万人の人口を抱える中核都市です。昨年までプロ野球選手の松井秀喜が所属していたメジャーのオークランド・アスレチックスがあります。そういえば、今年の3月28日と29日の両日、アスレチックスは東京ドームでイチローが所属するシアトル・マリナーズと開幕戦をやりましたね。イチローが大活躍でした。

 訪問した学校は、Edna Brewer Middle Schoolです。この学校は、日本でいう、小学校の第6学年、中学校の第1学年、第2学年に相当する生徒を教育しています。

 私たち4名がミルズ大学のルイス教授の案内で2月28日(火)の午前8時過ぎに同校の図書室を訪れたとき、Oakland Unified School Districtの数学担当の責任者の説明を熱心に聞いている約30名の先生方がいました。最初は同校の先生方かと思いましたが、実際はオークランド地区のミドル・スクールの校長先生と数学主任の先生方でした。

 実は、カリフォルニア州のミドル・スクールでは日本と同じように新教育課程が導入されたばかりなのです。そこで、本日のレッスン・スタディは、数学のモデル授業(本時では、6年生を対象にした「割合の文章題」を学外のベテラン教師が教える授業)を観察して、新教育課程で示されている「生徒の数学の能力・態度を評価するための基準(スタンダード)」を生徒の学習行動から確認する(つまり、証拠集めをする)ことが主なねらいだったのです。そして、証拠集めをするための観察カード(大きさから5×8カードと呼ばれている)がそれぞれの学校でも利用できるのかどうかを確かめることだったのです。

 したがって、先月紹介したレッスン・スタディが「校内での授業研究」であるならば、今回紹介しているレッスン・スタディは「オークランド統一学区での授業研究」なのです。そして、統一学区内の各学校に新教育課程のねらいや評価基準を普及させるためのレッスン・スタディだったのです。

 なお、数学の評価基準は、著名な数学教育学者であるアラン・シェーンフェルド教授(カリフォルニア大学バークレー校)の考えにもとづいて、八つの観点(例えば、「問題の意味を理解し、問題解決を根気よく行う」「相互に議論して、他者の論理的な考えを批判する」「数学の構造を見つけて、活用する」「数学の規則性を探し出して、表現する」など)から設定されていました。そして、それらの評価基準を「生徒の実際の学習行動」から証拠だてるための観察カードは、七つの原則(「論理は文章とつながる」「生徒が生き生きと議論をするときに、論理的思考力は発展する」など)と生徒行動で構成されていました。特に、観察すべき生徒行動が「自分の考えを説明する」「お互いの考えについて話し合う」「説明や議論の中で数学言語(本時でいえば、割合)を使う」などの言語活動に焦点化されている点は、わが国の新教育課程でいわれている「言語活動の充実」につながると思いました。

 最後に、先月と今月の2回にわたって紹介したアメリカのレッスン・スタディから学んだことは、一般教員や校長といった職位にかかわらず、「子どもの姿(学習行動)から学ぶことによって、教師は専門家として成長する」ということの再確認でした。これは、わが国の教師も世界の教師もまったく同じですね。

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◇ 教育時事アラカルト ◇

原発事故と学校疎開
教職教育開発センター教授  坂田 仰

 2011(平成23)年12月16日,原発事故による放射線被害によって子どもに被害が出る恐れが強いとして,“学校の疎開”を求めた事案に対して,福島地方裁判所郡山支部は,請求を認めない旨の決定を下した。「切迫した危険性があるとは認められない」というのがその理由である。学校疎開とまではいかなくとも,放射線量が高いとして栃木県日光市等への修学旅行を忌避しようとする動き等があり,学校現場はその対応に頭を悩ませている。

 文部科学省は,2011(平成23)年4月,「暫定的な考え方」と断った上で,児童・生徒が学校に通える地域においては,「1〜20mSv/年を学校の校舎・校庭等の利用判断における暫定的な目安」とすることを公にした。同時に,校庭・園庭が3.8μSv/時間未満の場合は,「校舎・校庭等を平常どおり利用して差し支えない」としている(「福島県内の学校の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について(通知)」。

 しかし,この1〜20mSv/年という値に対しては,発表当初から,多くの保護者,学校関係者から不安の声が寄せられることになった。文部科学省は,8月,「暫定的考え方」はその役割を終えたとし,今後の考え方として「夏季休業終了後,学校において児童生徒等が受ける線量については,原則年間1mSv以下とし,これを達成するため,校庭・園庭の空間線量率については,児童生徒等の行動パターンを考慮し,毎時1μSv未満を目安」とすべきとし,放射線量の限界値を引き下げた経緯がある(「福島県内の学校の校舎・校庭等の線量低減について(通知)」)。

 福島地方裁判所郡山支部の決定は,「除染活動や放射線量の調査結果などを考慮すると,同じ学校に通う他の児童生徒の意向を問うことなく,一律に教育活動を差し止める状況にない」としている。この判断自体は,各保護者,児童・生徒の意思を尊重しようとするものであり,一応,評価することができなくはない。しかし,低線量長期被爆の危険性については未解明の部分が少なくないことも事実である。放射線に対する感受性が高いとされる子どもについてはなおさら不明な点が多いといえる。だとするならば,法的妥当性については一先ず置くとして,教育的配慮という視点からは,“学校の疎開”の可能性についても慎重な検討が求められるとする意見にもそれなりの論拠は存在するといえるのかもしれない。

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◇ 学校経営の視点から ◇

年度当初の校長の経営力について
教職教育開発センター客員研究員 田部井洋文

 今年度は、何年かぶりに桜の花の下で入学式を迎えることができました。寒気が開花時期を調節し、新たな気分づくりのための環境を整えてくれました。どの学校も教職員からは意欲が、子供たちからは熱気が溢れているのではないでしょうか。

 このような学校の活気はどこから来るのでしょうか。私は、子供たちの確かな成長に照準を当てた校長の経営方針に大きな要因があると思っています。きっと次のような観点を重視されてそれを構想されたのではないでしょうか。

1. 校長としての経営理念の明確さ
各校長は、その社会的ミッションとして「個人としての自立、個性の伸長、可能性の開花」と、「国家、社会の形成者としての育成」にあることを明確に受け止めていますが、そのためにも、各公立学校は子供たちの住む地域の学校であるという「地域性(教師はその地域とのかかわりづくりを怠らない)」、どの子供にも同じ内容と到達点をもって指導するという「平等性(学校はわかるまで、できるまで教える)」、様々なバックグランドをもつ子供たちが、様々なタイプの教職員や大人とかかわりながら、自分と他者の成長を創り出していくという「多様性(多様な人とのかかわりを通して、ものの見方や考え方を広げ、深める)」が極めて重要であるとの認識を経営理念の中にしっかりと組み入れているものと思われます。そうであるからこそ、子供たちの歓声が校庭に溢れているのだろうと思います。

2. 3年程度先の「目指す学校像」を描き、その具現のための年度別計画の策定
子供たちの多くは、小学校なら6年間、中学校なら3年間在籍します。小中一貫教育を教育のシステムとして導入している学校も増えてきていますので、そこにおいては9年間となります。私は、在籍している子供たちが少なくとも3ヶ年程度先の成長した姿を描き、それを支える教授・運営組織や求められる教師の力量等を想定し、その具現に向けて年次計画的に方針・方策と評価指標を明確に示していくのが、ビジョンの策定というものであろうと思っています。単年度のみの経営方針ではビジョンとならず、子供の成長の見通しを保証しきれないことになってしまうと思います。意欲溢れる教職員の姿が見られる学校は、校長の描いたこのような中期ビジョンを全員で共有しているものと思います。

3. 長けた校長のマネジメント力
経営理念に基づき、管理責任と説明責任の観点からPDCAサイクルにより各分野のマネジメントの指揮を執るのが校長です。当然ながら、本年度だけでなく、3年程度先を見通したものとなります。中でも、生きる力の育成を目指した教育課程の編成・実施・評価というカリキュラムマネジメントについては、学力像の明確化に伴い、より具体的・実践的であることが求められています。自校の子供の学びの事実を記録化し、学習評価を充実させて解釈と価値付けの共通理解を図り、自校ならではの教育課程の編成を行うことです。また、組織マネジメントについては、学校として組織的一体的に教育活動を展開する立場から「組織の統合性」を重視し、一方では、一人一人の教職員の自律性や専門性を尊重し、能力や特性を最大限に発揮することができる「教職員の多元性」を重視することが求められていますが、この点に関してはいかがでしょうか。教職員の意欲的な姿を支えているのは、校長のこのようなマネジメント力が働いていることによるものだと思います。

 校長の経営力は教職員の意欲を高め、教職員の意欲は子供たちの意欲に転嫁します。子供たちの意欲は家庭・地域に伝わり、学校はその家庭・地域によって支えられ、校長の経営ビジョンはさらにハイレベルになっていきます。熱気溢れる子供たちの姿をいつまでも見ていきたいと思います。

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◇ 今月のおすすめ書籍 ◇

〜自分を自分で守れる「力」をつける 〜
「犯罪からの子どもの安全を科学する 『安全基礎体力』づくりをめざして」
清永堅二監修、清永奈穂・田中賢・篠原惇理 著 ミネルヴァ書房
定価 2,000円(税別)

 春、新学期が始まり、朝の通学路に元気な子どもたちの姿が戻ってきました。ところが、通学路は子どもたちが犯罪に巻き込まれる可能性が高い場所でもあります。子どもの安全を守ることは、以前にも増して学校と地域の大きな課題となる中、本書は、実際の事件の分析や調査・実験を通して、地域と学校が子どもの安全を守る具体的方法を提案しています。

 著者による小学2・4・6年生約6,500人を対象とした調査では、なんらかの「危ない目」に遭った子どもは21%、中でも犯罪的な危機遭遇体験をした子どもは8%を占めました。しかも、犯罪被害に遭った時、防犯ブザーを鳴らした子はわずか2%。半数近くの子どもは「その時呆然」として、「叫ぶ」こともできず、「ブザー」も鳴らせず、「子ども110番の家にも駆け込め」ず、「何もできないで」いたというのです。

 一方、子どもを狙う犯罪者は、子どもが「必ずそこにいる」通学路で下見をし、「その子」や「子ども集団」の情報を集めます。また、実験によると、狙った子どもを視界にとらえた犯罪者は20m前から行動を開始し、近づくにつれ「やる気」を加速させながら、5〜6m前で「やるしかない」状態になり、犯行に及びます。ですが、子どもが逃げた場合、追いかける犯罪者の「やる気」は4mまで持続しますが、次第に減速し、20mで「駄目だ」とあきらめるそうです。子どもには危機を脱するため20mを走り抜く力が求められることになります。

 本書は、今後の安全教育は「『対処的対応』から『教育的対応』へと転換すべき」と主張し、実験と評価に基づく科学的論拠に基づいた一貫性のある「新しい体験中心子ども安全教育」の組み立てを具体的に提示します。キーワードは「安全基礎体力」。危機から逃れるための走る力等「体の力」と危機を察知し回避し無事に乗り越える「社会的な(心の)力」からなる「安全基礎体力」を培い、子どもが自分で自分を守れる「力」をつけることを目指しています。教職員、保護者、地域住民が共通理解を図るために参考となる一冊です。 (関)

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