カモミールnetマガジン バックナンバー(ダイジェスト版)

 2012年1月号 

◆ 目次 ◆ -----------------------------------------------------------------------

(1) 所長だより
(2) 教育時事アラカルト
(3) 学校経営の視点から
(4) 今月のおすすめ書籍

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◇ 所長だより ◇

子どもの学習状態を読むこと
教職教育開発センター所長   吉崎静夫

 今年もどうぞよろしくお願いいたします。この「カモミールnet」 が、皆様の情報交流の場となって、皆様の教育実践に少しでも役立つことを願っています。

 今回は、授業において「子どもの学習状態を読むこと」の意味について書いてみます。ところで、「子どもの学習状態を読むこと」は、若手教師ばかりでなく、ベテラン教師にとっても、非常に難しいことなのです。教師にとっては、永遠の課題だといえます。

 わが国の教育界に大きな影響をあたえた斎藤喜博さんは、このことについて次のように述べています。「教育とか授業においては、『見える』ということは、ある意味では『すべてだ』といってよいくらいである。それは、『見える』ということは、教師としての経験と理論の蓄積された結果の力だからである。一人一人の子どもの反応を深くみつめ、それに対応することのできる教師としての基本的能力だからである」(斎藤喜博『教育学のすすめ』筑摩書房より)。斎藤さんのいう「見える」ということは、筆者がいう「読む」と同じことを意味している。

 なお、授業において「子どもの学習状態を読むこと」は、次の三つに分けられます。

 第一は、授業設計段階で、子どもの学習状態を予想することです。つまり、「教師の主発問に対して、子どもたちはどのような応答をするのか」、「教師の説明に対して、子どもたちはどのような理解や考え方をするのか」、「この教材ではどのようなつまずきをするのか、どのようなわかり方をするのか」、「この学習活動ではどのような意欲を示すのか」といったことを授業設計段階(授業案や単元案を作成する段階)で予想することです。しかし、これらのことは簡単なことではありません。そこで、ときには授業設計段階で何人かの子どもにインタビューしてみるとか、簡単な質問紙調査をしてみることが必要になります。ある場合は、他のクラスを借りて「トライ授業」をしてみることも有効です。

 第二は、授業実施段階で、子どもの学習状態を把握することです。つまり、教師は、発問に対する子どもの手の挙がり方や応答内容、あるいは子どもの表情から、クラスの子どもの学習状態を推測・判断することです。優れたベテラン教師は、子どもの応答内容や表情などからクラス全体の子どもたちの理解状態を推測できるといわれています。若手教師は、このようなベテラン教師がもっている「実践知」を学ぶ必要があります。それでも、「クラス全体の子どもたちが何を考えているのか」を把握することは簡単なことではありません。そこで、授業をビデオ録画しておいて、授業終了直後に、ビデオ再生して「ポイント場面でどのように考えていたのか」を子どもたちに尋ねてみることも有意義です。筆者らは、この方法を「再生刺激法」と命名しています。

 第三は、授業実施段階で、子どもの学習状態の先読みをすることです。つまり、授業がこのまま進行した場合に、子どもの学習状態がどうなるのかを予測することです。優れた教師は、現行の授業場面を認知するとともに、少し先の授業場面を予測しているそうです。このことは、二人乗りのヨット競技で、後ろに座っている選手が何百メートルか先の波と風向きの状態を予測しながら、もう一人の選手に指示を出しているのに似ています。

 このようにみてくると、授業において「子どもの学習状態を読むこと」がいかに大切なことであり、いかに奥の深いことであるがわかると思います。やはり授業はおもしろいですね。

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◇ 教育時事アラカルト ◇

職務命令違反と懲戒処分−国歌斉唱時の不起立を巡って−
教職教育開発センター教授  坂田 仰

 2012(平成24)年1月16日,最高裁判所第一小法廷は,入学式等における国歌斉唱時に起立を求める職務命令に違反し,懲戒処分を受けた公立学校教員の訴訟において,「戒告処分」を基本とすべきとする判断を示した。この問題に関しては,2011(平成23)年の5月から7月にかけて,最高裁判所において,起立を命じる職務命令の憲法適合性について合憲とする判断が相次いで示されている。今回,職務命令の合憲性を前提とし,違反者に対する懲戒処分の在り方(内容)について,初めての判断が示されたことになる。

 そもそも懲戒処分については,これまで処分権限を有する任命権者が広範な裁量を有するとされてきた。処分の内容が社会観念上著しく妥当を欠いているような場合を除き,裁判所は任命権者の判断を尊重すべきという考え方が定着している。今回,最高裁判所は,職務命令違反がはじめてのものであるか否かを問わず,戒告処分については任命権者の裁量に委ねられているとした。一見,これまでの路線を継承しているかに見えるが,二回目以降の職務命令違反について,単なる不起立を形式的にカウントし,減給,停職と機械的に加重していくことについては慎重な姿勢を示していることを見落としてはならないであろう。

 その理由は,起立を命じる職務命令に従うことを拒否する行動が,個人の有する思想・良心の自由と不可分の関係にあるという点に求められていると思われる。入学式や卒業式の円滑な運営のためには,一定の秩序を維持する必要があり,不起立が予測される場合,起立を命じる職務命令を発すること自体は止む得ないかもしれない。しかし,違反者に対して懲戒処分を機械的に加重していくことを認めると,入学式,卒業式の度に処分が繰り返され,瞬く間に停職等の重い処分に達する可能性がある。最高裁判所判決は,この点を問題とし,著しく妥当性に欠けるとの判断を下した。その結果,入学式や卒業式を混乱に陥れる等,特段の理由が存在しない限り,「戒告処分」に止めるべきとする結論に落ち着いたものと考えられる。

 現在,注目を集めている大阪府の教育基本条例案では,理由の如何を問わず,同一内容の職務命令について,不服従を三回繰り返すと懲戒免職とする条項が存在している(三振制)。減給処分以上の懲戒処分について,その都度慎重な判断を求めている今回の最高裁判決に照らすならば,三振制を定めた条項には問題が存在することになろう。



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◇ 学校経営の視点から ◇

校長自身の姿を振り返る(二)
教職教育開発センター客員研究員 田部井洋文

 新年、明けましておめでとうございます。昨年の世相を表す漢字一文字は「絆」でした。今年はますます人と人の結びつきが強く、太く、豊かになることを祈りたいものです。

 さて、先月号に続いて、校長の姿を振り返る観点について、いくつか述べたいと思います。

(4)新聞等で教職員の不祥事等の記事が載った場合には、自校の状況の点検をするなどの敏感さはどうでしたか。
危機管理は管理職に最も強く求められていることです。どんな小さなことでも対応が遅れれば、解決のために莫大なエネルギーを費やすことになります。特に、子供への指導をめぐっての保護者との関わりには、誠実さをもって丁寧に対応されたでしょうか。事実に基づいた校長としての見解を明確に述べることが重要です。

(5)教職員に対し、適時・的確な指導はどのくらい行いましたか。
意欲的で、力量のある教職員は、一般論・抽象論でほめたのでは満足しません。場面場面で核心を突いた指導をされる管理職を望んでいます。会話の時間は短くとも、「さすが」と思わせる指導はどれくらいできましたか。

(6)考え方の視野を広げ、教育に関する多くの情報を得ていますか。
管理職は短時間で判断しなければならないことが多くあります。その判断を誤らせないためにも、「視点を変える」「立場を変える」「いくつかの仮説を立てて考える」などし、幅広い見方や考え方ができるように鍛えていかなければならないと思います。また、教育の動向をとらえていくアンテナを高く張って、素早くキャッチできるようにしていきたいものです。

(7)PTA、地域、健全育成団体、自治会、関係機関等との連携を強めてきましたか。
子供は学校だけで育てられるものではありません。地域等との連携によって、多様な体験活動を可能とし、多くの地域人材の協力を得て、豊かな学習を行うことができます。

 校長として、自分自身への手ごたえはどうだったでしょうか。益々の奮起を期待します。



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◇ 今月のおすすめ書籍 ◇

〜「普通」とは何だろう ? 〜
「『読む』『書く』は苦手だけれど DX型 ディスクレシアな僕の人生」
 藤堂 高直著 主婦の友社 1400円(税別)

著者は、高校時代に留学先の英国においてLD(学習障害)の中核的なタイプといわれるディスクレシア(読字障害)と診断された28歳の建築家です。 ディスクレシアは、知的な遅れがないにもかかわらず、読み書きに困難を生じやすい発達障害です。 ただ、好奇心旺盛で知識を吸収する力が強かったり、運動能力が抜群に高かったり、空間認知力に優れていたり、想像力が豊かだったりと、非常に個性的で素晴らしい才能を発揮している著名人も多いそうです。 著者も子ども時代は特異な個性を家族や友人、教師に認められながら過ごしますが、中学校に入ると「普通でない自分」に悩むことになります。

人生を変えたのは留学準備のために通った英国の語学学校でした。そこで、ディスクレシアと診断されるのです。 しかし、英国ではディスクレシアは広く認知されており指導法も確立されているので、様々なスタディスキルを学ぶ機会を得ます。その後、高校へ進学、さらに世界最古の建築専門大学で学び、才能を開花させていきます。 卒業後はヨーロッパや国内で建築家としてキャリアを積んでいます。

著者は「普通という概念ほど私を苦しめたものはありません」「自分がディスクレシアだと知った瞬間、普通という鎖から解き放たれ、無理に自分ではない自分の幻影を追う必要はないのだと思いました。 どじで、物忘れが激しくて、球技が苦手で、空気が読めなくて、多くの人と違うけれども、何かを創れる自分を肯定し始めることができたのです」と打ち明けます。 上野一彦先生(日本LD学会理事長)は当センターのワークショップ「発達障害の理解と対応」(昨年12月)で、「障害とは理解と支援を必要とする個性である」とおっしゃっていましたが、このことがよく分かる書です。 (関)

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