カモミールnetマガジン バックナンバー(ダイジェスト版)

 2018年5月号 

◆ 目次 ◆ ----------------------------------------------------------------------

(1) 所長だより
(2) 児童・生徒の理解と指導 ―教師の「視点取得能力」の獲得と育成を中心に―


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◇ 所長だより ◇

授業研究における理論と実践の関係(3)
           教職教育開発センター所長  吉崎静夫

 今号から、再び何回かにわたって、「授業研究における理論と実践の関係」について考えてみます。

 ところで、2018年1月号において、「授業研究における理論と実践の関係」は、次の三つのタイプに大別されることを述べました。
 一つ目は、「理論を実践に適用すること(theory into practice)」です。
 二つ目は、「理論を実践を通して発展させること(theory through practice)」です。
 三つ目は、「理論を実践の中で構想すること(theory in practice)」です。

 ここでは、三つ目の「理論を実践の中で構想すること」について考えてみます。つまり、「教育実践の中で生まれる理論」について考えてみます。

 戦後のわが国を代表する教育実践者である斎藤喜博(1969)によれば、「人間の感覚とか勘」には、実践の底にある真理や法則をつかみ出す力が含まれているということです。
 そして、「実践者である教師の感覚や勘」について次のように説明しています。

「それ(つまり、教師の感覚や勘のこと)は、他から学びながら、実践のなかできびしく教材や子どもや自分と対決することによってつくられたものだからである。他から学んだものとか、実践の蓄積とか、実践のなかから生まれた理論的なものの蓄積とかによって生まれたものだからである。」

 このように、斎藤によれば、教師の感覚や勘は、
(1)他から学んだもの
(2)実践の蓄積
(3)実践の中で生まれた理論
などによって磨かれるということです。そこには、教師としての経験と理論の蓄積がいかに大切なものであるかが示唆されています。

 さらに、斎藤は、「実践の中で生まれる理論」について次のように述べています。

「自分の持っている指導方法をもとにして、さらに新しい自分の指導方法をつくり出していくこともできるのである。そして、そういう自分の指導方法を数多くの教師がつくり出したとき、一般的な指導の方法とか型とかいうものをつくり出すことができるようになるのである。」

 つまり、「数多くの教師が自分の指導方法をつくり出すこと」が前提となり、次にそれらの指導方法の共通点が見出されたときに、「一般的な指導の方法とか型が生まれる」ということです。そして、一般的な指導の方法や型が、まさに「実践の中で生まれる理論」となります。
 次号では、「一般的な教育技術」と「個性化の色彩が強い教育技術」との関係について考えてみます。

【参考文献】
○斎藤喜博:『教育学のすすめ』:筑摩書房、1969年

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◇ 児童・生徒の理解と指導   ―教師の「視点取得能力」の獲得と育成を中心に― ◇
           家政学部児童学科特任教授  稲葉 秀哉

<2> 「カウンセリング・マインド」の普及

 「カウンセリング・マインド」は和製英語で、ロジャーズが提唱した言葉ではありません。この言葉が初めて使われた時期の特定は困難ですが、氏原寛(2012)※1によると、1950年代にロジャーズの来談者中心療法の理論が詳しく紹介され、大きく展開されていく中で、この言葉が生まれたということです。また、苅谷剛彦・他(2000) ※2によると、1982年の東京都議会文教委員会での「今や、一人一人の教師がカウンセリング・マインドをもって教育にあたるべきである。」という発言がきっかけとなって、1980年代以降の教育雑誌には、教師はカウンセリング・マインドをもって児童生徒の心を共感的に理解しなければならないという主張がなされるようになったということです。

 この流れを受けて、中央教育審議会答申「新しい時代を拓く心を育てるために−次世代を育てる心を失う危機−」(1998年6月30日) ※3では、「教員はカウンセリングマインドを身に付けよう」とし、次の提言をしました。

「学校において日常的に子どもたちの身近にいるのは教員である。教員が教科指導などの力量の向上に努めるべきことはもちろんであるが、それとともに、子どもたちの様々な相談に応じること、問題行動の予兆となるサインに気付き、適切な手だてを講じること、問題行動等を通じて周囲の助けを求めている子どもに的確なケアをすることなどが今後ますます大切になっていく。
 こうした役割を果たしていく上でまず重要なことは、教員がカウンセリングマインドを持つということである。例えば、相手の話をじっくりと聞く、相手と同じ目の高さで考える、相手への深い関心を払う、相手を信頼して自己実現を助けるといったことがその中心をなしている。教員は、こうした姿勢を備えることによって、初めて子どもたちとの間に共感的な関係をつくり、子どもたちから信頼される相談相手となり得る。」

 これを契機に、学校教育におけるカウンセリング・マインドの重要性はますます高まっていき、カウンセリング・マインドという言葉は、「専門のカウンセラーがカウンセリングを行う時のような気持ち」という意味合いで学校教育に定着していきました。

 現在では、丹羽洋子 (2006) ※4が述べているように、「カウンセリング・マインドによる教育場面におけるかかわりは、相談所や指導教室・保健室場面などで、専門の教師が問題をもつ子どもとの個別的なかかわりにおいて必要なものであるだけでなく、すべての教師にとって必要な態度であり、あらゆる教育活動の基本をなす働きかけである。」という考えはすっかり浸透しているように見えます。しかし、これに異を唱え、カウンセリング・マインドの考え方が不登校やいじめ等の問題を増大させたと主張する専門家がいます。(次号に続く)

【参考文献】
※1 氏家寛:『心とは何か:カウンセリングと他ならぬ自分』:創元社、2012年
※2 苅谷剛彦、濱名陽子、木村涼子、酒井朗:『教育の社会学 「常識」の問い方、見直し方』:有斐閣、2000年
※3 中央教育審議会「新しい時代を拓く心を育てるために−次世代を育てる心を失う危機−」(答申):文部科学省、1998年6月30日
※4 渡辺弥生、丹羽洋子、篠田晴男、堀内ゆかり:『改訂版 学校だからできる生徒指導・教育相談』:北樹出版、2006年

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