カモミールnetマガジン バックナンバー(ダイジェスト版)

 2018年4月号 

◆ 目次 ◆ ----------------------------------------------------------------------

(1) 所長だより
(2) 【新連載】児童・生徒の理解と指導 ―教師の「視点取得能力」の獲得と育成を中心に―
(3)教育時事アラカルト


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◇ 所長だより ◇

ベトナム訪問(2)
           教職教育開発センター所長  吉崎静夫

 ホーチミン市(旧名サイゴン)は、人口が約850万人のベトナム最大の都市です。街にはバイク(主に、日本製のホンダ、ヤマハ、スズキ)が溢れ、大勢の若者(ベトナムの平均年齢は29歳)で賑わっています。ちょうど1970年代の日本の高度成長時代の雰囲気です。街全体がエネルギーで満ち溢れています。街並みは、「東洋のパリ」と呼ばれたフランス統治時代の影響が残る建造物、経済成長をあらわす高層ビル、間口の狭い昔ながら小売店など、雑多のものが同居しています。

 ベトナム滞在4日目に、ホーチミン市からバスで2時間のところにあるビンズン省クエフーンチャリティーセンターを訪問しました。
 この施設は、約340名の子ども(生後3カ月から16歳まで)が共同生活をする孤児院です。自身も幼いころ孤児であったフィン・ティエウ・フォン女史が、自分と同じ環境の子どもたち守るために、2001年に設立しました。施設の前に捨てられた赤ん坊や街で物乞いをしている孤児をスタッフ(約50名)が保護しています。

 最近になって、嬉しいことに、施設内に小学校が造られました。子どもたちは、中学校は施設の外の学校に通っていますが、6歳になるとその小学校で学ぶことができるようになりました。夕方、私たちが小学校を見せていただいたとき、10名ぐらいの子どもたちが先生の指導のもとで、エレクトーンの練習をしていました。嬉しそうに、そして夢中でエレクトーンを弾く姿が印象的でした。ちなみに、ベトナムの学校制度は、小学校5年、中学校4年、高校3年、大学4年です。

 この施設の維持・運営費用はどうなっているのかとスタッフのリーダーに尋ねました。驚くことに、国や省からの公的支援は一切ないとのことです。すべて財団(赤十字など)や個人からの寄付金で維持・運営されているとのことでした。ベトナムの繁栄の下での「影の部分」を強く感じました。政府や省は、そこまで予算をまわす余裕がないようです。

 この施設で共同生活する子どもは、心理学者マズロー(Maslow)の「欲求5段階説」から見ると、どのような状態にあるのでしょうか。

(1) 生理的欲求(第1段階)
→食べたい、飲みたい、寝たいなどの基本的・本能的な欲求。
 この施設の子どもたちは、この欲求を満足させることができています。子どもたちは、きっちりと食事をあたえられ、清潔なユニフォームを着ていました。

(2) 安全欲求(第2段階)
→雨風をしのぐ家・健康など、安全・安心な暮らしがしたいという欲求。
 子どもたちは、それぞれの寄宿舎があり、この欲求を満足させることができています。

(3) 所属欲求(第3段階)
→集団に所属したり、仲間が欲しくなったりする欲求。
 この欲求が満たされないと、人は孤独感を感じたり、社会的不安を感じるようになります。子どもたちは、同年齢集団ばかりでなく、異年齢集団で実に活発に仲良く遊んでいました。そして、最近造られた学校が大きな役割を果たすのではないかと思いました。したがって、子どもたちは、この欲求を満足させることができているといえます。

(4) 承認欲求(第4段階)
→他者から認められたい、尊敬されたいという欲求。
約50名のスタッフで約340名の子どもを見ているだけに、一人一人の子どもの承認欲求を満足させることが難しいことが想像できました。私に抱っこされた3歳くらいの女の子は、私たちがバスでホーチミン市に帰るのがわかると、とても強い力で抱きついてきました。日本女子大学の学生に抱っこされている子どもたちも同じような様子でした。本当に辛い気持ちになりました。

(5) 自己実現欲求(第5段階)
→自分の能力を引き出し、創造的な活動がしたいという欲求。
 この施設に暮らす子どもたちの欲求をどのように実現するのかは今後の大きな課題です。その意味でも、学校教育への期待が大きいといえます。

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◇ 児童・生徒の理解と指導   ―教師の「視点取得能力」の獲得と育成を中心に― ◇
           家政学部児童学科特任教授  稲葉 秀哉

<1> はじめに

 児童・生徒の指導に当たっては、児童・生徒の心に寄り添い、共感的に理解することが大切だと言われています。教職課程の授業では、ロジャーズ(Carl Ransom Rogers,1902-1987)の「来談者中心療法」(Client Centered Therapy)を学び、児童・生徒の指導には「カウンセリング・マインド」(特に「傾聴」の3条件)をもって臨むことが教師として望ましい姿勢であると学びます。児童・生徒を取り巻く環境に大きな課題がある現在であるからこそ、このことは極めて重要です。

 教壇に実際に立つと、児童・生徒の個性や特性・能力が多様であり、抱えている課題も複雑に絡み合い、混み入っていることが分かります。目の前の現実の問題に緊急に対応する必要があることも多く、「児童・生徒の心に寄り添い、共感的に理解する」という指導姿勢を悠長なものに感じ、「だめじゃないか。何をやっているんだ」というような直接的で強い口調による指導が優先する時もあります。しかし、叱責を与えるという指導を行う時も、児童・生徒の心に寄り添い、共感的に理解する指導姿勢は重要であり、その後のケアにおいても継続して必要不可欠なものです。

 ロジャーズは「傾聴」の条件として、
「純粋性(自己一致)」
「共感的理解」
「無条件の肯定的配慮(受容)」
を提示しました。これらの考え方は、日本の学校現場でも、教師と児童・生徒との人間関係の構築の上で重要な要素として、生徒指導や教育相談等に活用されてきています。現在でも、特に「共感的理解」「無条件の肯定的配慮(受容)」に重点が置かれ、教育相談の基本とされています。

 しかし、本来のロジャーズの考え方から外れた解釈による指導が行われる傾向があるという指摘があります。
 例えば、「共感的理解」ですが、本来は「相手の主観的な見方、感じ方、考え方、受け止め方を、その人の立場に立って、相手の身になって、見たり、感じたり、考えたりしようとすること」という考え方です。ロジャーズは「クライエントの私的な世界をあたかも自分自身のものであるかのように感じ取り、理解すること」と述べています。しかし、日本の学校現場では、児童・生徒の気持ちを「理解する」ということを、「同調」し、「共有」することと主観的に解釈する傾向が少なからずあります。そのような教師の態度は、児童・生徒にとって適切ではなく、教師自身にとってもリスクがあります。そのことを私たちは改めて自らの課題として捉える必要があります。
(次号に続く)

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◇ 教育時事アラカルト ◇

増加する児童虐待
−学校・教職員への期待−
           教職教育開発センター教授  坂田 仰

 児童虐待が増加の一途を辿っている。厚生労働省の調査によれば、2016(平成28)年度、全国の児童相談所が対応した児童虐待の相談件数は、12万2,575件に上り、過去最多を記録したという。10年前と比較しておよそ3.3倍の増加である。

 周知のように、児童虐待には、殴る、蹴るといった「身体的虐待」、児童ポルノの被写体にする、性的行為を強要する等の「性的虐待」、閉じ込める、食事や入浴の世話をしないといった「ネグレクト(育児放棄)」、無視や言葉の暴力、DV(ドメスティック・バイオレンス)を見せつける等の「心理的虐待」の4種類がある。これらについて、2000(平成12)年に制定された、児童虐待防止法(児童虐待の防止に関する法律)は、「何人も、児童に対し、虐待をしてはならない」とした上で、「児童虐待を受けたと思われる児童を発見した者」に対して、速やかに通告する義務を課している(3条、6条1項)。

 この一般的義務に加えて、学校と学校の教職員については、病院や医師、弁護士等とともに、もう一つ児童虐待の早期発見等に関する義務が課されていることに注意する必要がある。「児童虐待を発見しやすい立場にあることを自覚し、児童虐待の早期発見に努め」る義務である(5条1項)。中でも学校及び児童福祉施設に対しては、「児童及び保護者に対して、児童虐待の防止のための教育又は啓発に努めなければならない」という規定が置かれていることを見逃してはならない(5条3項)。

 一般の通告義務も、学校、教職員等に課された特別の義務も、いずれも「努力義務」に止まっており、違反者に対する法的制裁は予定されていない。とはいえ、増加の一途を辿る児童虐待の抑止に向け、児童虐待防止法が、学校や教職員に対して強い期待を寄せていることは事実である。そのためにも、国や地方公共団体が、「児童虐待を受けた児童の保護及び自立の支援を専門的知識に基づき適切に行うことができるよう」、学校の教職員の「資質の向上を図るため、研修等必要な措置を講ずる」必要性は大きいといえるだろう(4条3項)。

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