カモミールnetマガジン バックナンバー(ダイジェスト版)

 2018年3月号 

◆ 目次 ◆ ----------------------------------------------------------------------

(1) 所長だより
(2) 「考える道徳」「議論する道徳」の推進―批判的思考力及び自律性の育成を中心に―


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◇ 所長だより ◇

ベトナム訪問(1)
           教職教育開発センター所長  吉崎静夫

 今回と次回の2回にわたって、3月の上旬(3月4日〜3月11日)に訪問したベトナムの現状と教育について紹介します。

 日本女子大学教育学科は、清水睦美教授が担当する科目「異文化相互理解実地研究」の一環として、その科目の受講生(今回は、1年生〜4年生15名)をベトナム研修に参加させています。学生たちは、事前準備を入念に行って、訪問先の小学校、中学校、大学、孤児院などで日本の歌、ダンス、絵本などを紹介しながら、ベトナムの子どもや学生と積極的に交流活動を展開しました。
 特に、ホーチミン市郊外の小学校では、3名ずつの学生がそれぞれの教室に入って、ベトナム語で日本の童話(絵本)を紹介しました。その際、前日交流したベトナム(ホーチミン市にあるホンバン大学)の大学生が手助けをしてくれました。このような交流活動は、日本女子大学の学生を積極的にさせ、異文化に対するオープンな姿勢を助長させていました。同行した私の目からみても、1週間の異文化交流によって、学生は見違えるほどの成長ぶりを示していました。

 ベトナムの首都であるハノイ市では、現地の学校ばかりでなく、ハノイ日本人学校を訪れました。私にとっては、初めての日本人学校訪問でした。
 ハノイ日本人学校は、高層マンションや高層ビルが立ち並ぶハノイ市の副都心と称される地区にありました。校舎は洒落た造りで、校内はゆったりとしたスペースがとられていました。特に目についたのは、6名の英語講師が英会話の授業を行う専用の部屋でした。例えば、「ジョンの教室」というわけです。本校が、いかに英語教育に力をいれているのかがよくわかりました。

 本校は、1996年4月15日に、「ハノイ日本人学校理事会(名誉理事長は、駐ベトナム日本大使館特命全権大使)」によって設立された、在ベトナム日本人のための初等(小学校)、中等前期(中学校)教育を行う学校です。したがって、文部科学省の定める学習指導要領に準拠した教育課程のもとで教育が行われています。
 教科書は、日本でもっとも採択率が高かったもの(例えば、国語科は光村図書、算数科は東京書籍など)が使われています。これも、子どもたちが様々な都道府県や都市からベトナムに来ていることを考えると仕方ないことかと思います。

 本校には、小学部324名、中学部70名、計394名の児童生徒が在籍しています。そして、各クラスの人数は基本的には20名以下になっています。例外は、小学6年の23名、中学2年の22名ですが、理想的な少人数学級です。
 なぜこのような学級編成ができるのでしょうか。
 それは、私立学校として運営されているために、授業料は月額5万円、さらにスクールバス代が月額1万5千円と高額の負担を保護者はしているからです。そして、教員は校長や教頭を初めとして相当数の方が「文科省派遣教員(給与等は日本政府が負担)」のため、現地採用教員の給与等の負担だけをすればよいわけです。

 そこで、保護者から徴収する授業料等の範囲内で、現地採用の教員(クラス担任は日本人、語学担当は欧米人やベトナム人)を雇用することができるのです。したがって、学校教育(特に、授業)に対する保護者の目にはとても厳しいものがあるそうです。そのために、学校は、校内研修(授業研究)に力を入れています。

 本校の教育課程の特徴は、「世界の人々と共生できる国際感覚豊かな子」を育成することにあります。そのために、「ベトナムの素材の教材化」「現地校やインターナショナル校との交流」「ベトナム語の授業(小1〜小4、それぞれ年間35時間)」「英語の授業(小学校で各学年とも年間70時間、中学校で各学年とも145時間)」「英会話の授業(小5〜中3でそれぞれ年間35時間)」といった活動が行われています。外国語学習の多さには目を見張るものがあります。それが本校の売りなのでしょう。

 最後に、本校に勤務する教員について気づいたことを述べます。2名の女性教員の方に話を伺いました。
 一人は、文科省派遣教員で、兵庫県と神戸市で5年間勤務した後、本校で3年目を迎えています。保健体育を担当しているだけあって、地元の「ボール蹴りクラブ」に所属して、ベトナム人と積極的に交流しています。
 もう一人は、日本女子大学を卒業と同時に、本校の現地採用教員になり、同じく3年目を迎えています。

 お二人に共通するのは、「日本人はチャレンジ精神が弱いので、それを克服したい」「日本人はグローバル化する必要がある」という熱い思いがあることです。私は、「日本を変えていくのは、このような女性なのではないか」と思いました。

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◇ 「考える道徳」「議論する道徳」の推進   −批判的思考力及び自律性の育成を中心に − ◇
           家政学部児童学科特任教授  稲葉 秀哉

第1部 道徳の授業を取り巻く諸課題

11 これからの道徳授業で大切なこと

 道徳教育の目標は、「よりよく生きるための基盤となる道徳性を養うため、道徳的諸価値についての理解を基に、自己を見つめ、物事を多面的・多角的に考え、自己の生き方についての考えを深める学習を通して、道徳的な判断力、心情、実践意欲と態度を育てる。(学習指導要領「第3章 特別の教科 道徳」の「第1 目標」)」
であり、このことを踏まえて授業を組み立てる必要があります。

(1) 批判的思考(多面的・多角的に考える)の充実

 道徳教育の目標の中にもあるように「物事を多面的・多角的に考える力」の育成が重要です。それは、言い換えれば、健全な「批判的思考力」の育成です。物事の信頼性や妥当性を多面的・多角的に吟味・検証する力を育てることです。この力は、学校の全ての教育活動を通して育成されるものですが、道徳教育においても育てるべき重要な力です。

@登場人物の心情を理解する 

 本論文の1で、「これまでの道徳の授業は、読み物教材を使って、主人公や登場人物の心情を理解することに重点が置かれていました。しかし、文部科学省は、子供達がより主体的に道徳的な課題に向き合う問題解決型の道徳の授業に変えることを目指しています。」と述べました。
 これを「登場人物の心情を理解する読解の否定」と短絡的に捉えるのは誤りです。登場人物の心情の理解は、登場人物の立場や視点の理解に立って考えることであり、「役割取得能力」や「相互理解」の育成につながります。また、他者の立場になって考えることは、多面的・多角的に考える「批判的思考」の素地となるのです。

 注意しなければいけないのは、この「登場人物の心情を理解する読解」にとどまってしまってはならないということです。例えば、小学校低学年の「るっぺ どうしたの」(本論文の4参照)であれば、
「るっぺは、なぜ『だってえ。』(『やだね。』)と言ったのでしょう。」
「るっぺは、何が気に入らなかったのでしょう。」
「なぜたぬきのぽんちゃんは目をおさえてしゃがみこんだのでしょう。」
といった心情や内容に関する質問にまず、じっくりと取り組ませます。そして、登場人物の心情にまで想いを馳せることができるようになった後に、次のAでの質問に移るのです。

A 自分に置き換えて考える

「自分がるっぺ(みけねこちゃん)だったらどう思う(する)でしょうね。/それはなぜですか。」
「あなただったらるっぺに何と言うでしょう。/それはなぜですか。」
というような尋ね方することで、子供たちが課題を自分自身のものとして考え、自分だったら相手に対してどのような気持ちを持つか、どのようなことをするか、本音の意見を出し合うことが必要です。そして、それを経て、「このような時はどうしたらよいか」についてまで話し合いを進めることが大切です。「登場人物の心情の理解」にとどまった指導で起こりがちな他人事のような空疎で無責任な発言のやり取りに終わらないためにも重要なのです。また、子供たちの積極的な意見を引き出すためには、子供たちのどんな発言も温かく受け入れ、自由に自分の意見を言い合える教室の雰囲気づくりを教師は常に心がけることが必要です。
「登場人物の心情を十分に理解した上で、自分の思いや考えを出し合い、それらについて話し合い、今後の生活の在り方について考える」といったプロセスの言語活動を通して、「相互理解」の素地ができ、また、物事を多面的・多角的に考える健全な「批判的思考力」の育成にもつながっていくのです。

(2) 適切な教材の作成・選定

 子供たちが、授業において適切に批判的かつ内省的に課題を捉え、議論できるためには、それにふさわしい教材が必要です。読み物教材でいえば、これまで詳しく見てきたモラルジレンマ(道徳的な価値葛藤)の含まれたモラルジレンマ教材が有効です。モラルジレンマ教材は、選択される複数の行為それぞれに、道徳的な正当性が見られ、すぐには道徳的な判断がつかないように構成されています。

 子供たちは、モラルジレンマに遭遇することで物事の多様な面に注目したり、別の角度から見直したりするようになります。それは、「物事を広い視野から多面的・多角的に考える」こと(批判的思考)につながります。したがって、教材は、これらの活動が適切に行われるように吟味されたものである必要があります。本論文の10において述べたように、善悪の価値判断が絡む内容は避けるべきです。「多様な価値観を学ぶ」という名目の元に、違法な行為も許される余地があるかのような状況設定は不適切です。モラルジレンマの手法のように二つの選択肢のいずれかを選択させる展開でなくても、広く多面的に考え多様な意見が出されるような教材も適切です。例えば、「おれはティラノサウルスだ」(宮西達也作・絵/2004/ポプラ社)は道徳資料としても適しています。

12 最後に

「おれはティラノサウルスだ」は、お互いにやさしい心を持ちながら、それが交わることなく、お互いにその心を知ることなく、別れてしまうプテラノドンとティラノサウルスの話です。ある保育士が、3歳児に読み聞かせをしたところ、じっと物語に引き込まれるように聞いていたとのことです。同じ保育士が、5歳児に読み聞かせをしたところ、涙を浮かべながら聞いている子がいたとのことです。

 本論文の8(2)でSelmanの「社会的視点取得能力」の発達段階について述べましたが、役割取得能力(社会的視点取得能力)は生来の固有のものではなく、養育者の慈愛に満ちた地道な指導によって、その素地が培われ確かなものになっていくものであると改めて思います。

 予測不能な変化の激しい社会を多様な人々と協調してたくましく生きていくことが求められる子供たちにとって、健全な批判的思考力や互いの心を思いやる気持ちを育てることは重要であり、その意味を十分に理解して、私たちは道徳教育をコアとした全ての教育活動を編成し、展開していく必要があります。(終)

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