カモミールnetマガジン バックナンバー(ダイジェスト版)

 2018年1月号 

◆ 目次 ◆ ----------------------------------------------------------------------

(1) 所長だより
(2) 「考える道徳」「議論する道徳」の推進―批判的思考力及び自律性の育成を中心に―


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◇ 所長だより ◇

授業研究における理論と実践の関係(1)
           教職教育開発センター所長   吉崎静夫

 明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
今月号から、何回かにわたって、「授業研究における理論と実践の関係」について考えてみます。
「社会心理学の祖」として知られるクルト・レヴィン(Lewin,K.)は、アクション・リサーチ(実践研究)を提唱するなかで、次のような有名な言葉を残しています。

「よい理論ほど実践的なものはない( Nothing is so practical as a good theory. )」
 つまり、実践に役立たなければ理論ではない、ということです。さらに、彼は、「書物以外のものを生みださない研究は満足なものとはいえない」とも言っています。彼の立場からいえば、アクション・リサーチ(実践研究)は、理論と実践を往還しながら、社会的実践(例えば、集団的意思決定による食習慣の改善など)を展開するための方法論だということになります。つまり、アクション・リサーチ(実践研究)は、「社会的行動の諸形式の生じる条件とその結果との比較研究であり、社会行動へと導いていく研究」ということになります。

 授業研究は、アクション・リサーチ(実践研究)を主要な方法論として採用しています。したがって、授業研究においても、理論と実践の関係を考えてみる必要があります。
 ところで、「授業研究における理論と実践の関係」は、次の三つのタイプに大別されます。

 一つ目は、「理論を実践に適用すること( theory into practice )」です。
 プログラム学習、発見学習、完全習得学習、有意味受容学習などの学習理論を授業実践に適用することです。例えば、国語の漢字学習、算数の計算学習、英語の単語・文法学習において、プログラム学習の原理(自発性、スモールステップ、即時的フィードバック、マイペース)を適用した授業を実践し、その成果を評価することは、これらの知識・技能の習得にとても有効です。

 二つ目は、「理論を実践を通して発展させること( theory through practice )」です。
 1960年代後半における教育界における重要なトッピクスの一つは、「教師期待効果」ということでした。このトッピクスに対する教育関係者の関心は、Rosenthal & Jacobson (1968) によってなされた「教室でのピグマリオン効果」という研究が契機でした。
 その研究は、教師が児童生徒の学業成績や行動についてある期待を抱くと、教師は無意識のうちにその期待に沿った行動をとってしまい、その結果として児童生徒の学業成績や行動が教師の期待に近づくというものでした。
 なお、Rosenthalらは、教師がある期待をもつと、児童生徒に対してどのような教室行動をとるのかということを直接的には検証しませんでした。そこで、Brophy & Good (1974) は、教師の期待と教師の教室行動との関係を授業研究で明らかにしました。
 教師は、意識しないで異なる対応行動をとっていたのでした。そのことが、児童生徒の学習意欲に影響し、さらに異なる学習成果をもたらしました。この研究は日常の教室といった自然的条件の下で行われただけに、教育関係者に大きなインパクトをあたえました。まさに、教師期待効果理論を授業実践を通して発展させたのです。

 三つ目は、「理論を実践の中で構想すること( theory in practice )」です。
 教師(授業者)は、予想外の授業場面や新しい授業状況に直面したときに、これまで蓄積してきた実践知(多くが暗黙知)を総動員させて、それらの場面や状況に対応するための理論(実践知の新たな枠組み)を構築することがあります。
 このことに関連して、ショーン(Schon,D.A)は、「普通の人びともプロフェッショナルな実践者も、自分がしていることについて、ときには実際におこなっている最中であっても考えることがよくある」と述べています。まさに、「行為の中の省察」です。そして、ショーンはさらに、「行為の最中に驚き、それが刺激となって行為についてふり返り、行為の中で暗黙のうちに知っていることをふり返る」と述べています。まさに、「行為の中の省察」を通して、プロフェッショナルな実践者は、実践を通して蓄積してきた暗黙知を表に出して検討し、明示化させることができるようになります。

【文献】
○Brophy,J.E. & Good,T.L.(1974) Teacher-student relationship: Causes and consequences.New York: Holt, Rinehart and Winston. 浜名外喜男他(訳)(1985)『教師と生徒の人間関係―新しい教育指導の原点―』北大路書房
○Lewin,K.(1948) Resolving social conflicts: Selected papers on group dynamics. New Yoek: Harper. 末永俊郎(訳)(1954)『社会的葛藤の解決―グループ・ダイナッミクス論文集―』東京創元社
○Rosenthal,R. & Jacobson,L. (1968) Pygmalion in the classroom: Causes and consequences. New York: Holt, Rinehart and Winston
○Schon,D.A (1983) The reflective practitioner : How professionals think in action.
New York : Basic Books. ドナルド.A.ショーン(著)柳沢晶一・三輪健二(監訳)(2007)『省察的実践とは何か』鳳書房

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◇ 「考える道徳」「議論する道徳」の推進   −批判的思考力及び自律性の育成を中心に − ◇
           家政学部児童学科特任教授 稲葉 秀哉

第1部 道徳の授業を取り巻く諸課題

8 「相互理解」の素地
(2) 「役割取得能力」(社会的視点取得能力)
 役割取得能力(role-taking ability)とは、他者の立場に立って考えたり、他者の見方や感情を推測したりする能力のことです。役割取得能力の発達に伴い、他者理解が進み自己中心性が低減していくことから、子供達が自己と他者の違いを認識し、お互いを理解し、共存できるために必要な能力と言えます。この能力の発達により、自己と他者の持つ感情、思考の相違を理解し、他者の立場に立って理解できるようになることは、他者との社会的関係を維持するために重要なことです。
 コールバーグ(Kohlberg,1969)は、子供は、役割取得の経験から、他人を思いやる気持ちや人間尊重の気持ちが育っていくのであり、道徳性の向上が期待されると述べています。セルマン(Selman,1976)は、コールバーグの研究を発展させ、役割取得能力を社会的視点取得能力と定義しました。社会的視点取得能力とは、子供が自分の視点と他者の視点を区別できて互いの視点間の調整ができる能力のことです。渡辺弥生(編著)の『VLF(Voices of Love and Freedom)による思いやり育成プログラム』(図書文化社,2001年)によると、セルマンは社会的視点取得能力の段階を下記のように5段階に分けて考えました。

「社会的視点取得能力」
レベル0:自己中心的役割取得(3〜5歳)
 自分と他者の視点を区別することがむずかしい。同時に、他者の身体的特性を心理面と区別することがむずかしい。(Selman)
 自分と他人の区別が未分化で、自分についての概念も、性格や内面的な心情や価値観によるものではない。「わたしは…が好き」とか「わたしは…を持っている」といった好き嫌いや所有物によって自分を説明する。キティちゃんの服を着ているからやさしいとか、サッカーの服を着ているからサッカーが好きといったように外見的特徴と気持ちを混同することが多い。また、自分がサッカーを好きだから友達の誕生日にサーカーボールをあげたいという気持ちをもったりする。友達はサッカーがきらいかもしれないという想像はまだしていない。自分が好きだから友達も好きといった思考なのである。したがってこの時期にわがままであるとか人の気持ちが分かっていないといった評価で叱りつけるのはよくない。特に3歳までの子に「弟や妹の気持ちがわからないの」「お兄(姉)ちゃんでしょ」といった非難するだけの接し方は心に響かない。ただ自分を否定された、愛情を下の子に取られたという思いを強くするだけである。(渡辺)

レベル1:主観的役割取得(6〜7歳)
 自分の視点と他者の視点を区別して理解するが同時に関連づけすることがむずかしい。また、他者の意図と行動を区別して考えられるようになり、行動が故意であったかどうかを考慮するようになる。ただし、「笑っていれば嬉しい」といった表面的な行動から感情を予測しがちである。(Selman)
 おおよそ小学校低学年に多い発達段階である。自分と他人の違いは意識するようになり、社会的な比較もできるようになる。しかし、笑っていれば楽しい、泣いていれば悲しいといった理解で終わりやすい。見かけの表情の背景にある本当の気持ちを推測することがむずかしい段階である。(渡辺)

レベル2:二人称相応的役割取得(8〜11歳)
 他者の視点から自分の思考や行動について内省できる。また、他者もそうすることができることを理解する。外からみえる自分と自分だけが知る現実の自分という2つが存在することを理解するようになる。したがって、人と人とがかかわるときに他者の内省を正しく理解することの限界を認識できるようになる。(Selman)
 自分の視点と他者の視点を区別し、互いの視点から自分や他者の気持ちを推測することができるようになる。また、「他の人が知る自分」と「自分が知る自分」の違いについて気づくようになり、笑っていても実は悲しいといった状況を理解するようになる。(渡辺)

レベル3 三人称的役割取得(12〜14歳)
 自分と他者の視点以外、第三者の視点をとることができるようになる。したがって、自分と他者の視点や相互作用を第三者の立場から互いに調整し考慮できるようになる。(Selman)
 「わたし」と「あなた」の二者間の視点だけでなく、「彼」「彼女」といった第三者の視点をとることができるようになる。例えば、いじめをテーマに話し合う場合に、いじめられっ子の立場もいじめっ子の立場もおさえて、「自分は・・・のように思う」といった意見を述べることができるようになる。(渡辺)

レベル4 一般化された他者として役割取得(15〜18歳)
 多様な視点が存在する状況で自分自身の視点を理解する。人の心の無意識の世界を理解し、主観的な視点をとらえるようになり、「言わなくても明らかな」といった深いところで共有される意味を認識する。(Selman)
 自分がさまざまな社会的カテゴリーに所属していることを意識できる段階である。また、経験していない立場でもイメージで推論することができるようになる。(渡辺)

 上記の「レベル1:主観的役割取得(6〜7歳)」の知見からは、小学校低学年の児童は、まさに「相互理解」の素地を培う指導を始めるのに重要な時期にあると言えるのです。(次号に続く)

【文献】
○Kohlberg, L. (1969). Stage and Sequence: The Cognitive-Development Approach to Socialization. In D. A. Goslin (Ed.) Handbook of Socialization Theory and Research (pp. 347-480). Chicago: Rand Mcnally.
○Selman, R. L. (1976). Social cognitive understanding. In T, Lickona (Ed.), Moral development and behavior (pp.299-316). New York: Halt.
○渡辺弥生(2001)『VLFによる思いやり育成プログラム』(編著)図書文化社

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