カモミールnetマガジン バックナンバー(ダイジェスト版)

 2017年12月号 

◆ 目次 ◆ ----------------------------------------------------------------------

(1) 所長だより
(2) 教育時事アラカルト
(3) 「考える道徳」「議論する道徳」の推進―批判的思考力及び自律性の育成を中心に―


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◇ 所長だより ◇

一人称、二人称、三人称が協働する授業研究(3)
           教職教育開発センター所長   吉崎静夫

 今月は、「一人称(授業者)と三人称(授業参観者)が協働する授業研究」について考えます。なお、ここでの授業参観者は、学内教員(同僚教員)と学外教員です。

 紹介する事例は、2年生39名を対象に2コマの時間を用いて実施されたC看護短期大学のD先生とE先生の授業実践です。この授業は、「老年の看護過程演習(8回)」の中の6・7回目に該当する演習です。
 この授業のポイントは、「すべての演習を終了した3年生が2年生の演習に参加して、援助方法をアドバイスする」という試みが取り入れられていることです。

 本時は、導入、展開、まとめという流れで行われました。
 まず、導入では、本日の演習の事例と目標の確認が行われました。目標は、「脳梗塞のある高齢者の事例を用いて、グループで実施したロールプレイを通し生活機能に支障をきたしている高齢者への看護過程の展開がわかる」ということです。なお、演習をするグループは、9つのグループが4名、残りの1つのグループが3名で構成されました。そこには3年生2名ずつ(ただし、2つのグループは都合で1名ずつ)がアドバイザーとして入りました。

 次に、展開の前半では、1〜5グループが「清潔援助」、6〜10グループが「排泄援助」に分かれて演習を行いました。そして、後半ではその逆の演習が行われました。なお、各グループとも、演習計画に沿ってロールプレイを行いました。
 授業後に行われた授業検討会には、授業者2名、学内教員2名、学外教員2名、その他5名が参加しました。

 まず、脳梗塞のある高齢者の事例を用いて、グループで実施したロールプレイ場面について話し合いました。なお、今回の内容は、2年生が患者役、看護師役、観察者役になって、清潔援助と排泄援助を行い、3年生が2年生に援助方法についてアドバイスするというものです。

 ある同僚教員は、3年生のアドバイスを2年生がどのように受け止めているのかについて述べています。「基本的には3年生の指導が2年生に伝わっているかどうかというのを見ていましたけど、やっぱり、すごくいいアドバイスを3年生がしているのだけど、2年生が全部は受け止めきれていない」

 もう一人の同僚教員は、前半と後半の違い、そして2年生と3年生の違いについて述べています。「ずっとあるグループを見ていましたが、前半はちょっとぎこちない感じだったけれども、やっぱり、後半なって慣れてきている」「3年生も、2年生も慣れてきているという感じがありましたね。やはり3年生は実習を終えただけあって、患者さんの安全とか、判断とか、そういった配慮がちゃんとできていた。2年生は、どちらかというと、技術に集中しちゃう感じでしたね」「3年生が2人のグループと1人のグループがありましたけど、やっぱり2人のグループだと、お互いに話し合いをしたり、確認ができるので、1人よりも2人の方がよいと思いました」

 学外の教員は、3年生が2年生を褒めている様子について言及しています。「2グループの2年生が後半の『清潔援助』のときには、きちんとやってたんですね。そしたらそれを3年生が、『ちゃんとやってたわね』『アドバイスしていたこと、今度はちゃんと活きてたわね』というふうに、できたところを心から褒めていました。それから、『でも、(ジェスチャーしながら)ここは足りなかったね』とアドバイスしていました」

 これらの指摘にもあるように、実習を終えた3年生は2年生にアドバイスし、褒めることによって2年生の学習意欲を高めていました。そのことは、同時に3年生にとっても、自らの学びを深め、自己肯定感を得ることにつながっていました。

 次に、まとめの場面について話し合いをしました。
 同僚教員は、まとめの場面で、2年生から積極的な意見が出なかったことを指摘しています。「2年生の意見がなかなか出にくいということで、私も演習をしていて、学びを最後は共有したいときに、1人ひとり意見はもっていてアンケートにもびっしり書いてくるんですけど、やっぱりそれをお互い発表し合う場をつくっていくことが、非常に大事な課題ではあります。そう思ったときに、今回もちょっとなかなか意見が出にくいという環境もあったので、例えば、意見を5分でも10分でもいいからグループでもとめてみるとか、そういうのもあってもいいのかなって思いました」

 外部の看護教員は、2年生と3年生の間に立って両者の思いを巧みにつないでいる授業者の役割を評価しています。「3年生と2年生の思いが上手に伝え合えないものを、授業者が間に立って、『3年生はこう言ってたよね』とか、『2年生はこんなふうに言いたかったんだよね』というように、空気を『中和させる』ような役割をされていたのがすごく印象的でした」

 授業検討会での話し合いをふまえて、授業者は次のように本時の授業を振り返っています。「検討会の参加者の方々からアドバイスがあったように、まとめのところでは、もともと自発的な発言はないクラスなので、個々の意見や質問を聞くよりも、一度グループのなかで考えさせてから発表を聞く方法にすればよかったです」

 そして、授業者は、数日後にもう1つのクラスで同じ演習があったとき、まとめの発表や気づきはグループごとに考えさせてから行っています。まさに、授業参観者のコメントにもとづく授業評価をふまえて授業改善を行う「一人称(授業者)と三人称(授業参加者)が協働する授業研究」が行われていました。なお、本事例では、授業検討会において、学内教員(同僚教員)と学外教員は若干異なるコメントをしていました。学内教員は、普段の学生の実態をふまえながら、多少厳しいコメントをしていました。一方、学外教員は、授業者と学生の良いところを意識してコメントをしていました。このような肯定・否定の両側面からの指摘があったことが、自らの授業を改善しようとする授業者の積極的な姿勢につながったのではないかと思われます。

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◇ 教育時事アラカルト ◇

いじめ調査記録の保存期限
           教職教育開発センター教授 坂田 仰

 いじめ防止対策推進法は,学校現場に対して多様な手段を用いていじめ調査を行なうよう求めている。定期的なアンケート調査の実施,いじめが発生した際の聞き取り調査,数え上げればきりがない。いじめは絶対に許さない。この姿勢の下,調査に努めることについては誰もが同意するところである。

 だが,日々蓄積していく膨大な記録をどのように保管していくか。この点が課題となりつつある。この点,いじめ防止対策推進法に基づき文部科学大臣が定めたガイドライン「いじめの防止等のための基本的な方針」(平成25年10月11日文部科学大臣決定)は,従来,調査結果の保存期限を明記していなかった。そのため,例えば,2016(平成28)年8月,青森県東北町の公立学校で起きた男子中学生のいじめ自殺では,中学校が自殺前に全校生徒を対象に実施したアンケートを処分していたことが判明し,隠蔽ではないかと問題となる等,保存期限の曖昧さが繰り返し問題になってきた。

 文部科学省は,調査結果が破棄され,被害者側から隠蔽ではないかとの声が挙がっている状況を踏まえ,2017(平成29)年の3月,保存期限を明記することに踏み切った。「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」においてのことである。ガイドラインは,「原則として各地方公共団体の文書管理規則等に基づき,これらの記録を適切に保存するものとする」とし「個別の重大事態の調査に係る記録については,指導要録の保存期間に合わせて,少なくとも5年間保存することが望ましい」としている。

 指導要録の保存期限に合わせるという判断は,一応学校現場の実情を反映したもと評価できる。しかし,いじめに関わって損害賠償等の支払いを求める訴訟は,5年以上の期間を経て提起される可能性があることを見落としてはならない。この点に着目するならば,証拠の保全という観点から,危機管理上,更に長期間の保存を検討していくことも考えなければならないだろう。

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◇ 「考える道徳」「議論する道徳」の推進   −批判的思考力及び自律性の育成を中心に − ◇
           家政学部児童学科特任教授 稲葉 秀哉

第1部 道徳の授業を取り巻く諸課題

8 「相互理解」の素地
 第6章では、小学校の低学年における「相互理解」(相手の気持ちになって考えること)の指導について、入学後の大きな環境の変化やより複雑な人間関係の中で児童が良好な人間関係を築いていくためにも必要不可欠なことであることを述べました。また、低学年の児童には、他の人の心を理解できる素地が幼児教育において培われていることを述べました。その素地について、第7章では、「非認知スキル」という視点から幼児期において育成する重要性について述べました。
 本章では、小学校低学年の児童には「相互理解」の指導が可能な素地ができていることについて、?「心の理論」や?「役割取得能力」等の発達心理学的な見地から述べたいと思います。

(1)「心の理論」
 「心の理論」(英: Theory of Mind, ToM)とは、他者の心の状態(目的、意図、知識、信念、志向、疑念、推測など)を類推する能力のことです。「心の理論」が発達するのは4?5歳と言われています。それを確認するのによく知られている方法に「誤信念課題」があります。ここでは「標準誤信念課題」を紹介します。(「脳科学辞典」から抜粋。)

[標準誤信念課題]
 標準誤信念課題には、主に位置移動課題と内容変化課題がある。これらの課題は3〜6歳ごろの子どもに与えられ、他者の信念についての質問に正答することができた場合に、心の理論を持っていると結論される。一般的に4歳後半から5歳の子どもはこれらの課題に通過することができるが、3歳頃の子どもは自分の知っている事実に基づき答えてしまい、課題に通過することができない。

[サリー・アン課題]
 位置移動課題の代表として挙げられるのがサリー・アン課題である。この課題は、紙芝居形式で呈示されることが多いが、目の前で実験者が登場人物を演じる場合もある。登場人物は二人おり、状況設定は、ある部屋の中にバスケットと箱(あるいは色の異なる箱や形や色が異なる家具や入れ物)が置かれているというものである。なお、登場人物の名前はサリーとアンに限らず、課題を実施する国に合わせるなど、変更されることもある。

 サリーとアンは最初、同じ部屋にいる。部屋にはサリーのバスケットとアンの箱が置かれている。サリーがビー玉をバスケットに入れる。そしてサリーは部屋の外に出ていき、その間にアンがビー玉を自分の箱に移動する。最後にサリーが部屋に戻ってきて、ビー玉を取り出そうとする。そして、子どもに「サリーがどこを探すと思うか(信念質問)」、「ビー玉は今どこにあるか(現実質問)」および「最初にビー玉はどこにあったか(記憶質問)」を聞く。3歳児の多くは前者の問に箱と答えるが、4〜5歳児はバスケットと答える。これは3歳児にとっては、自分が見て知った現実(ビー玉は今、アンの箱にあるという現実)と、サリーの信念(ビー玉はバスケットに入れておいたというサリーにとっての現実)が異なることを理解するのが難しいために起こる。また、3歳児は現実質問と記憶質問には正しく答えられる。

[スマーティ課題]
 内容変化課題の代表的な課題は、スマーティ課題である。この課題では、子どもにとって中身が明白に分かっている箱、ここではスマーティ(イギリスやカナダ、その他欧州諸国で販売されているカラフルな糖衣でコーティングされたチョコレート。日本での類似品はマーブルチョコレート)の箱を子どもに見せ、1)箱の中身が何であるかを聞く。そして、その中からチョコレート以外の物(たとえば鉛筆)を出してみせ、2)また、箱を閉じる。そして3)この箱の中をまだ見ていない第三者に、中に何が入っているか聞いた場合に、何と答えるかを聞く。心の理論を持っている子どもの場合は、最後の質問に「スマーティ」と答えるが、多くの3歳児は「鉛筆」と答える。また、3歳児は、最初に箱の中身が何であったと思ったか聞くと、「鉛筆」と答える。

 このように、4〜5歳の子どもには他者の心の状態を推測する能力が認められるという知見から、小学校低学年の児童には「相互理解」の指導が可能な素地ができている、と言えるのです。(次号に続く。)

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