カモミールnetマガジン バックナンバー(ダイジェスト版)

 2017年11月号 

◆ 目次 ◆ ----------------------------------------------------------------------

(1) 所長だより
(2) 「考える道徳」「議論する道徳」の推進―批判的思考力及び自律性の育成を中心に―
(3) 今月のおすすめ書籍

▼-------------------------------------------------------------------------------

◇ 所長だより ◇

一人称、二人称、三人称が協働する授業研究(2)
           教職教育開発センター所長   吉崎静夫

 今月は、「一人称(授業者)と二人称(共同授業設計者、共同授業実践者)が協働する授業研究(授業づくり)」について考えます。つまり、同僚教員とつくる授業はどのような意義があるのかについて考えます。

 紹介する事例は、2年生44名を対象に実施されたA看護専門学校のB先生の授業実践です。この授業は、「終末期にある患者の看護」の中の13回目です。そして、この授業では、5名の同僚教員(二人称の立場)が看護師役、家族(妻役)、家族(娘役)、医師役、患者役としてロールプレイに参加しました。

 この授業のポイントは、看護師のかかわりに違いがある2つの「看取りの看護場面」を学生に見せて、「終末期にある患者の看護のあり方」を考えさせることにあります。なお、1つの看護場面では、同僚の看護教員が「事務的にかかわる看護師」を演じます。そして、もう1つの看護場面では、その看護教員が「心をこめてかかわる看護師」を演じます。学生は、まったく異なる看護場面から、看護のあり方を自分なりに真摯に考えることが期待されています。

 この授業の設計にあたって、授業者は、自分の考えを同僚教員に提案して、意見を求めました。その際、授業で取り入れるロールプレイについて、次のような意見が同僚教員から出ました。

 「違うタイプの看護師を続けて行うのは、すぐには切り替えられないので難しい。」

 「2つのタイプの対応を見せなくても、よいほうだけ見せればいいのではないか。」

 「いきなりモデルにしてほしい看護のあり方だけ見せても違いがわからない。どちらも見せたい。」

 そして、授業者と同僚教員はそれぞれの意見についてじっくりと話し合いました。最終的に、看護師役の教員から「(2つとも)やってみよう」との声もあり、2つのタイプのロールプレイを実施することに決まりました。

 授業設計段階での同僚教員(二人称)との真摯な話し合いから、授業者(一人称)は繊細な内容(終末期の看護)を扱う「心の準備」を整え、仲間からの「精神的なサポート」を感じ取ったようです。まさに、その話し合いの場は、一緒に学び合うことによって互いの専門性を高めようとする「専門的な学習共同体」そのものだといえます。

 本時は、「導入」「展開@A(2つのロールプレイ)」「展開Bグループワーク発表」「展開Cロールプレイ出演者の語り」「まとめ」で構成されました。そして、展開Cにおいて、看護師役を担当した同僚教員が自らの思いと感想を学生に話しました。

 「ケース1(事務的にかかわる看護師)のところでは、総合病院に働いていて、他に、6人も7人も受け持ち患者さんがいるという設定のもとで、順序よく、病院から出発をして、体内の腐敗を防いで、自宅に着いてもらわなければならない。診断書も持って行ってもらわなきゃいけないということで、すごく焦りがありました。ケース2(心をこめてかかわる看護師)のところでは、今まで私が体験してきた、いろいろな患者さんの死を見送ってきたなかで、そのときそのときの患者さんの様子や家族の様子を見たことでの反応です。――――――、私が大事にしたいことが、みんなのなかに、今回の場面を通して、伝わっていることが、すごくうれしいと思っています。どうしても終末期になると熱い思いが出てきます。教員もこんなふうに泣くんだってことは、参考にしてください。」

 看護師役を演じた同僚教員の卒直な語りは、学生の心に深く響くものとなりました。まさに、授業者(一人称)と同僚教員(二人称)が見事に協働する授業場面となりました。

 授業の翌日に、授業者は自らの授業についてリフレクションしました。そして、授業者は、授業で起ったことを自分の中で再確認することができました。また、授業後に学生が書いたリフレクションペーパーを参加した同僚教員に回覧しました。同僚教員からは、肯定的なコメントをたくさんもらうことができました。

 全体を通していえることは、「一人称(授業者)と二人称(共同授業設計者、共同授業実践者)が協働する授業研究(授業づくり)」の意義は、新たな視点から授業改善・創造ができることと共に、互いの専門性を高めようとする「専門的な学習共同体」を構築できることにあります。

▼-------------------------------------------------------------------------------

◇ 「考える道徳」「議論する道徳」の推進   −批判的思考力及び自律性の育成を中心に − ◇
           家政学部児童学科特任教授 稲葉 秀哉

第1部 道徳の授業を取り巻く諸課題

7 「道徳性」と「非認知スキル」(社会情動的スキル)
 (4) 道徳科における「内容項目」と「社会情動的スキル」

 前回では、教科学習面ばかりでなく、あらゆる場面において問題解決しようとする力を支える道徳的な情動項目が「社会情動的スキル」に相当すると考えると分かりやすいと述べました。

 道徳的な情動項目は、道徳科の学習指導要領(平成27年3月告示)の中での「内容項目」とも重なる概念です。「内容項目」は、人としての望ましい人間性を形成する要素(道徳的価値)を諸項目に区分したものです。学習指導要領解説特別の教科道徳編(平成27年7月)では、「道徳教育における学習の基本となるものである。それぞれの内容項目の発展性や特質及び生徒の発達の段階などを全体にわたって理解し,生徒が主体的に道徳性を養うことができるようにしていく必要がある。」という位置付けがされ、全部で22項目設定されています。

 これらの「内容項目」の中には、「社会情動的スキル」と重なるものがあります。

 例えば、「自律,自由と責任」「節度,節制」「努力と強い意志」「親切,思いやり」「相互理解,寛容」「規則の尊重」などです。「社会情動的スキル」は、「健康、市民参加、ウェル・ビーイングといった社会的成果を推進するために重要な役割を果たしうる。」(池迫・宮本 (2015))という考えのものですから、「自立した一人の人間として人生を他者とともにより良く生きる人格を形成することを目指す」(「道徳教育の充実に関する懇談会」報告(平成25年12月))日本の道徳教育の理念と重なる部分があるのは自然なことです。

 (5) 「道徳性」と「社会情動的スキル」との関連

 道徳教育の目標は、「道徳性」を育成することであり、「道徳性」とは,「人間としてよりよく生きようとする人格的特性であり,道徳性を構成する諸様相である道徳的判断力,道徳的心情,道徳的実践意欲と態度」(小・中学校学習指導要領解説 特別の教科道徳編)から成るものです。

 以上のことから、「道徳性」とは、「人間としてよりよく生きようとする人格的特性である。「道徳的判断力」「道徳的心情」「道徳的実践意欲と態度」の諸様相があり、「自律,自由と責任」「節度,節制」「努力と強い意志」「親切,思いやり」「感謝」「礼儀」「相互理解,寛容」「規則の尊重」等の態様がある。」とまとめることができます。このように見ると、「道徳性」と「社会情動的スキル」の概念の重なりや違いがはっきりすると思います。特に大きく違うのは、その育成の仕方です。そのことを次に述べます。

 (6) 「道徳性」の育成と「社会情動的スキル」の育成

 道徳科の目標は、「主体的な判断に基づいて道徳的実践を行い,自立した人間として他者と共によりよく生きるための基盤となる道徳性を養うこと」です。また、「社会情動的スキル」の育成が目指すのは、生涯にわたって「健康、市民参加、ウェル・ビーイングといった社会的成果を推進する」ことです。両者の目指すものは、社会と関わりながら人としてよりよく生きるための力を育成するという点で同じ方向を向いています。ただ、切り口の違いです。「道徳性」の育成は「道徳的価値」という切り口からのアプローチであり、「社会情動的スキル」の育成は、「社会・経済的成果」という切り口からのアプローチであると言えると思います。

 ここで特筆すべきことは、「社会情動的スキル」は、全て人との関わりを通して幼児期から育成されるものであるということです。私たちは、子供達の自立的な成長のためにはどちらのアプローチが良いかという択一的な考え方ではなく、子供達の発達段階や個性・特性、置かれている立場など多様な観点から柔軟に判断していくことが大切です。

  (次号に続く)

・〜〜・〜〜・〜〜・〜〜・〜〜・〜〜・〜〜・
◇ 今月のおすすめ書籍 ◇
〜怒りの正体を知って、円滑なコミュニケーションを〜
「科学の智恵 怒りを鎮める うまく謝る」
 川合伸幸著 講談社現代新書 定価760円(税別)

最近、「怒り」を抑えられないことが原因で事件に起こしたり、大切なものを失ってしまう人が増えているような気がします。怒りは誰にでも生じる感情ですから、円滑なコミュニケーションを図るため自分の怒りや相手の怒りをいかに鎮めるかは重要なことでしょう。

本書は、心理学・認知科学の研究者である著者が実験や最新の研究に基づいて、怒りを感じる原因、うまく謝罪できない理由、仕返しをしたいと感じる理由、赦しとはどのような感情か、といったことを科学的に解説してくれます。

人は怒りを感じると平静状態にくらべて心拍数、皮膚表面温度、皮膚電気抵抗反応(汗)のいずれも上昇します。「カーッとなる」や「頭に血が上る」というのは比喩ではなく、実際の身体反応だそうです。心拍数と動脈の緊張が高まり、攻撃性と関連する男性ホルモンのテストステロン値が上昇して身体的に攻撃の準備状態に入るのと同時に、左脳の前頭部が活性化し、好ましい時と同様に相手に近づきたいという前のめりの心理状態になるのだとか。

さらに、怒りは攻撃性の成分と不快の成分に分離できるので、相手が謝罪すればその場は攻撃性が抑制されますが、実は不快感は残るそうです。ですから、安易な謝罪では怒りを収めることはできないのです。怒りを鎮める効果的な謝罪とは、「自責の念の表出(悔恨)」、「責任の自覚(責任)」、「補償の申し出(解決策の具体的な提案、補償)」等の要素を盛り込むことが必要だそうです。が、その一方で「人は自らの良いイメージを維持したい傾向」にあることが、謝罪の妨げになっているようです。

では、ここで問題です。A「電車が遅れていました。申し訳ありません」とB「遅れて申し訳ありません。電車が遅れていました」―どちらが適切な謝罪でしょうか。興味を持たれた方は本書をご一読ください。学校はますます様々な人たちを関わることになります。「怒り」を抱えた人に対応するだけでなく、自分自身が「怒り」を感じることもあるでしょう。そんな時、事態の深刻化を防ぎ、良い関係を築くために役立つ一冊です。    (猫)

<<< 2017年10月号 >>> 2017年12月号