カモミールnetマガジン バックナンバー(ダイジェスト版)

 2017年10月号 

◆ 目次 ◆ ----------------------------------------------------------------------

(1) 所長だより
(2) 教育時事アラカルト
(3) 「考える道徳」「議論する道徳」の推進―批判的思考力及び自律性の育成を中心に―


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◇ 所長だより ◇

一人称、二人称、三人称が協働する授業研究(1)
           教職教育開発センター所長   吉崎静夫

今月から数回にわたって、「一人称、二人称、三人称が協働する授業研究」について考えます。つまり、一人称(授業者)、二人称(共同授業設計者、共同授業実践者)、三人称(授業参観者)という立場(あるいは視点)の違いを生かす授業研究のあり方を考えてみたいと思います。
ところで、一人称(授業者)の立場だからこそ、「見えること(見えないこと)」と「わかること(わからないこと)」は何でしょうか。
そして、二人称(共同授業設計者、共同授業実践者)の立場だからこそ、「見えること(見えないこと)」と「わかること(わからないこと)」は何でしょうか。
さらに、三人称(授業参観者)の立場だからこそ、「見えること(見えないこと)」と「わかること(わからないこと)」は何でしょうか。

 これらのことは、次の四つのタイプに分類されるのではないかと思います。
一つ目は、一人称(授業者)、二人称(共同授業設計者、共同授業実践者)、三人称(授業参観者)という立場を越えて、同じことに気づくことです。例えば、「導入が工夫されていて、児童生徒がその授業に引き込まれている」「教師の発問がはっきりしないために、児童生徒が戸惑っている」などです。
二つ目は、一人称の授業者(あるいは二人称の共同授業設計者)にはわかっているが、三人称の授業参観者にはわからないことです。例えば、「あの児童生徒は、日頃と違って、今日は学習意欲が高い」「普段はよくわかる、あの児童生徒が、今日の学習課題を理解できていない」などです。
三つ目は、一人称の授業者は気づいていないが、三人称の授業参観者(あるいは二人称の共同授業設計者)は気づいていることです。例えば、「この授業者は、発問の後、児童生徒の応答を待つ時間が極端に短い」「この授業者は、授業がうまく進行していないと、顔の表情が硬くなる」などです。
四つ目は、一人称、二人称、三人称のだれもが気づかなかったり、わからないことです。例えば、「このクラスの児童生徒は、教師の言動よりも、ある児童生徒の言動を気にしている」などである。

なお、これらの四つタイプは、米国の心理学者ジョセフ・ルフトとハリ・インガムによって提唱された「対人関係の気づきの窓(通称、ジョハリの窓)」と関係があります。
「ジョハリの窓」には、以下の図のように、四つの窓があります。

  自分はわかっている 自分はわかっていない
他人はわかっている 開放の窓
「公開された自己」
盲点の窓
「自分は気づいていないものの、
他人からは見られている自己」
他人はわかっていない 秘密の窓
「隠された自己」
未知の窓
「誰からもまだ知られていない自己」

 なお、ここでいう「自分」は授業研究での「一人称(授業者)」に対応し、「他人」は「二人称(共同授業設計者、共同授業実践者)」と「三人称(授業参観者)」に対応します。

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◇ 教育時事アラカルト ◇

「体験的学習活動等休業日」の設定
           教職教育開発センター教授 坂田 仰

 2017(平成29)年9月13日,学校教育法施行令の一部を改正する政令(平成29年政令第238号)が公布,施行された。その目玉は,家庭及び地域における体験的な学習活動その他の学習活動のための休業日,いわゆる「体験的学習活動等休業日」の設定を可能とした点である(29条)。

 今次の改正は,教育再生実行会議の第10次提言「自己肯定感を高め,自らの手で未来を切り拓く子供を育む教育の実現に向けた,学校,家庭,地域の教育力の向上」(2017年6月)を受けた措置である。「地域における保護者の有給休暇の取得を促進することと合わせて,長期休業日の一部を学期中の授業日に移すこと等により学校休業日を分散化することで,児童生徒等と保護者等が共に体験的な学習活動等に参加すること等を通じて,児童生徒等の心身の健全な発達を一層促進する環境を醸成すること」が期待されている(「学校教育法施行令の一部を改正する政令等の施行について(通知)」平成29年9月13日付け29文科初第840号)。

 文部科学省は,以下に示す5つのパターンを例示している。
@学期中の授業日に行われている地域の祭り等,地域の行事の開催日を体験的学習活動等休業日として設定する場合
A地方公共団体が独自に設けている既存の記念日(例えば,「県民の日」等)が休業日として設定されている場合,その前後の授業日を体験的学習活動等休業日として新たに連続した休業日を設ける場合や,既存の休業日(例えば,2学期制を採用している学校の秋季休業日等)を活用する場合
B運動会や参観日等の振替休業日の設定を工夫し土曜日や日曜日と組み合わせる等して新たに連続した休業日を設ける場合
C学校や地域の実態を踏まえ,例えば,中学校区単位で体験的学習活動等休業日を分散して設定する場合
D夏季休業日等の長期休業日のうちの数日を授業日に振り替え,学期中の授業日を体験的学習活動等休業日とし土曜日や日曜日と合わせて新たに連続した休業日を設ける場合

 だが,当然のことながら, 体験的学習活動等休業日を設定する際には,年間授業日数を確保することが求められる。「確かな学力」が強調される傾向が強い新学習指導要領にあって,「体験的学習活動等休業日」が本当に機能するのか,その動向を慎重に見守っていく必要があるだろう。

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◇ 「考える道徳」「議論する道徳」の推進   −批判的思考力及び自律性の育成を中心に − ◇
           家政学部児童学科特任教授 稲葉 秀哉

第1部 道徳の授業を取り巻く諸課題

7 「道徳性」と「非認知スキル」(社会情動的スキル)

(1)「認知スキル」と「非認知スキル」(社会情動的スキル)
 スポーツにおいて成果を上げるには、フィジカル(肉体的)な面ばかりでなく、メンタル(精神的)な面の力が必要であるとよく言われます。
 同じように、学習(広い意味での学び)においても、語彙が多い、計算ができる、図形の違いが分かるなど学力テストやIQテストなどで測れる 「認知スキル」 ばかりでなく、最後まで頑張ろうとする力や他の人とうまく関わる力などの内面的な 「非認知スキル」 が必要であるという考え方が、近年、改めて注目を集めています。
 「非認知スキル」 は 「社会情動的スキル」 とも呼ばれ、例えば、忍耐力、意欲、自己制御、協調性、信頼、共感、自尊感情などで、特に幼児教育において育てる重要な力として捉えられ、欧米で研究が進んでいます。

(2)「社会情動的スキル」の研究
 日本でも、これまでも、学習の成果を上げるには、機械的な反復練習だけでなく、関心・意欲等が重要であるとして、子供の学習における 「情意面」 の向上についての研究実践が盛んに行われてきました。
 しかし、近年、Heckman (2013)*1 による 「学習意欲や労働意欲、努力、忍耐等の社会情動的スキルに重点を置いた幼児教育プログラムを受けた子供たちは、その後の高校卒業率や犯罪率、収入などにおいて良い結果を得ていた」 という研究調査結果や、池迫・宮本 (2015)*2 による 「認知スキルと社会情動的スキルを絡めながら育てることが子供達の将来の社会的・経済的な安定をもたらす」 という研究が発表されるなど、欧米で研究が盛んに行われています。
 2017年3月に告示された学習指導要領の基本理念の一つである子供達が育成すべき 「資質・能力」 の中に、 「学びに向かう力・人間性等」 が位置付けられていますが、これは、まさに 「社会情動的スキル」 のことであり、欧米の研究の目覚しい進歩に影響されてのことと考えられます。

(3)「生きる力」と「社会情動的スキル」
 平成8年の中央教育審議会第一次答申 「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について」 の中で、「生きる力」 という教育理念が示されました。 「確かな学力」 (基礎的な知識・技能を習得し、それらを活用して、自ら考え、判断し、表現することにより、様々な問題に積極的に対応し、解決する力)、「豊かな人間性」(自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心などの豊かな人間性)、「健康・体力」(たくましく生きるための健康や体力)の三つの要素から成る力とされ、これら知・徳・体のバランスの取れた力の育成が、変化の激しいこれからの社会をたくましく生きていくために必要であるとされました。
 この 「生きる力」 の 「豊かな人間性」(豊かな心) が 「社会情動的スキル」 に当たりますが、その中でも、特に 「確かな学力」 と重なった部分、つまり、教科学習面ばかりでなく、あらゆる場面において問題解決しようとする力を支える道徳的な情動項目が 「社会情動的スキル」 に相当すると考えると分かりやすいと思います。

 次回は、「道徳性」 と 「社会情動的スキル」 との相関関係を明確に示し、それらの育成に当たって留意すべき点について述べます。     

*1 Heckman,J.J.(2013) Giving Kids a Fair Chance: A Strategy that Works (Boston Review Books), MIT Press, 邦訳『幼児教育の経済学』東洋経済新報社.2015.
*2 池迫浩子・宮本晃司 (2015) 家庭学校地域社会における社会情動的スキルの育成 国際的エビデンスのまとめと日本の教育実践・研究に対する示唆 OECD. ベネッセ教育総合研究所

  (次号に続く)

    
    

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