カモミールnetマガジン バックナンバー(ダイジェスト版)

 2017年4月号 

◆ 目次 ◆ ----------------------------------------------------------------------

(1) 所長だより
(2) 教育時事アラカルト
(3) 「考える道徳」「議論する道徳」の推進―批判的思考力及び自律性の育成を中心に―
(4) 今月のおすすめ書籍

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◇ 所長だより ◇

一人称としての授業研究(1)
           教職教育開発センター所長   吉崎静夫

 今月号から、数回にわたって「一人称としての授業研究」について考えてみます。

 ところで、「一人称としての授業研究」とは、教師が自らの授業実践を対象に、その授業を改善するために研究することです。その特徴は、当事者性(主体的な関わり)が大きい割には、客観性が低くなりがちなことです。つまり、時として「独りよがり」になりがちだということです。

 哲学者の鷲田清一氏は、「わたしたちはじぶんのからだについて、ごくわずかなことしか知らない。背中やお尻の穴をじかに見たことがない。いや、他人がわたしをわたしとして認め、覚えてくれるその顔を、よりによって当人であるこのわたしは一生見ることができない」と述べています。もちろん、鏡や写真で顔を確認することはできます。しかし、じかに見ることはできません。つまり、常に自分と同居し、よくわかっているつもりでいる自分の体を本当はよくわかっていないのではないかというわけです。

 このことは、教師にとっての授業についてもいえることではないでしょうか。

 では、教師が自らの授業実践を改善しようとするときに、どのようなことが必要なのでしょうか。それは、その授業に関わりのある「他者」の目(視点)を取り入れることだと思います。なお、その「他者」とは、当該の授業を受けている児童・生徒や同僚教師です。

 このことについて、授業リフレクションを研究している澤本和子氏は、「授業リフレクション研究では、自己リフレクションを基本として、研究過程に対話リフレクションや集団リフレクションを挿入し、その後に必ず自己リフレクションを重ねながら、授業者=自己がとらえた実践場面に生起した事象を取り上げ、多視点から検討したり、焦点化した意味を問い直したりしつつ、対象化過程を論理的、体感的に理解する営為を重視する」と述べています。なお、授業リフレクションとは、「授業のふり返り」や「授業についての省察」を意味しています。また、「自己リフレクション」は教師の一人称視点によるリフレクションであり、「対話リフレクション」は1・2人の他者(同僚教師や研究仲間)との対話による自己リフレクションの対象化を意味しています。さらに、「集団リフレクション」は、2・3人ないしそれ以上の他者との集団的対話による自己リフレクションの対象化を意味しています。

 澤本氏は、自己リフレクションの中に、対話リフレクションや集団リフレクションを取り入れることについて、「こうした対象化過程を研究の一環に設定して、自己リフレクションの主観性の関与について、研究としての了解性や妥当性を高めようとする意図がある」と述べています。

 この「自己リフレクションを対象化する過程」は、教師が自らの授業実践を対象に、その授業を改善しようとする「一人称としての授業研究」において、とりわけ大切なことではないでしょうか。

文献
●鷲田清一『じぶん・この不思議な存在』講談社現代新書、1996年
●澤本和子「教師の自己リフレクションと論文のまとめ方」
『教育実践論文としての教育工学研究のまとめ方』吉崎静夫・村川雅弘(編)ミネルヴァ書房、2016年

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◇ 教育時事アラカルト ◇

PTA,地域連携と要配慮人情報−個人情報保護法の改正− 
           教職教育開発センター教授 坂田 仰

 2017(平成29)年3月,学校とPTAや地域との連携を巡り,物議を醸す事件が発生した。埼玉県下の公立中学校が,連携会議において,指導上問題のある生徒の情報を提供し,その情報がネットに流失したからである。会議には,PTAの役員や地域自治会の役員,警察関係者,教育委員会の職員等が出席していたという。

 事件に対しては,二つの批判が見受けられる。一つは,ネットへの個人情報の流出を問題視する声であり,至極当然の批判と言える。もう一つは,連携会議に生徒の情報を提示すること自体に問題があるという批判である。この批判については,連携が十分に機能するためにはその基礎となる情報が不可欠であり,学校の判断は間違っていないという擁護論も少なくない。

 この点,文部科学省が2015(平成27)年に策定した「文部科学省所管事業分野における個人情報保護に関するガイドライン」は,一定の条件の下で提供を認める立場を採っている。すなわち,「非行のおそれのある生徒等の情報を,生徒等本人及びその家族等の権利利益を不当に侵害しないことを前提に,非行防止に関係する機関との間で情報交換等を行うことが特に必要な場合」,同意を必要としないという扱いである。

 ただ,2017(平成29)年5月から,個人情報の保護をより強化しようとする,改正個人情報保護法が全面施行されることに注意を払う必要がある。特に「本人の人種,信条,社会的身分,病歴,犯罪の経歴,犯罪により害を被った事実」等は,「要配慮個人情報」という新たなカテゴリーに指定されている。要配慮個人情報に該当する場合,情報を取得する際には,取得に先立ち本人の同意が求められる。また,第三者への提供に当たっても,原則として先に提供に関する同意を取得する必要があるとされている。

 周知のように,個人情報保護が全面的に適用されるのは私立学校のみであり,公立学校については自治体の条例に従うことになっている。しかし,「要配慮個人情報」への「配慮」は,公立,私立の区別を問わず全ての学校に求められる。「要配慮個人情報」の新設によって,これまで以上にPTAや地域との連携が困難になることは明らかであろう。

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◇ 「考える道徳」「議論する道徳」の推進   −批判的思考力及び自律性の育成を中心に − ◇
           家政学部児童学科特任教授 稲葉 秀哉

第1部 道徳の授業を取り巻く諸課題

1道徳の教科化
 今、道徳の授業が大きく変わろうとしています。道徳の学習指導要領は、「いじめの問題への対応の充実」等のため、他の教科等に先駆け、2015(平成27)年に一部改正され、2018(平成30)年度から小学校、2019(平成31)年度から中学校で全面実施となります。
 これまでと大きく変わる点は、1点目は、教科として位置付けられることです。名称は「特別の教科 道徳」です。教科ですので、「道徳科」と呼ぶこともできます。
 2点目は、教科書を使用することです。そのため、文部科学省による教科書の検定が行われ、出版社8社から申請のあった教科書が記述を一部修正した上で合格しました。その結果は2017(平成29)年6月に公表されます。
 3点目は、「考える道徳」「議論する道徳」に転換することです。これまでの道徳の授業は、読み物教材を使って、主人公や登場人物の心情を理解することに重点が置かれていました。しかし、文部科学省は、子供達がより主体的に道徳的な課題に向き合う問題解決型の道徳の授業に変えることを目指しています。
 4点目は、児童生徒の学習の評価を行うことです。A、B、Cや5、4、3、2、1等の数値による評価は道徳教育にはなじまないということで、文章による評価を行うこととしています。
 これらの変化に対応するために、現在、各教育委員会や学校では、どのような準備や具体的な対応が必要なのかを検討・整理し、道徳科の授業研究、授業改善に取り組んでいます。  本コーナーでは、道徳の授業を取り巻く諸課題と道徳科としての授業改善の方向性について読者の皆さんと一緒に考えていきたいと考えています。

2 道徳科の授業改善のための重要事項
 道徳科の授業改善を進める上で、教師が高い意識を持って取り組むべき重要な事項をいくつか挙げてみました。

(1)理論面
@道徳、道徳性の本質
       道徳とは何か。道徳性とは何か。
A子供の道徳性の獲得のプロセス 
       子供はどのように道徳性を身に付けていくのか。
B子供の道徳性の発達の促進 
       子供の道徳性の発達をどのように促していったらよいか。
C日本の道徳教育の歴史の適切な理解
       これまで日本の道徳教育はどのような時代背景の下で何を目指して行われてきたのか。
       多面的・多角的に検証・吟味し、これからの道徳教育の在り方を考える材料とする。
D現代社会における道徳教育の課題(いじめ、情報モラル等)の理解

(2)指導面
@道徳教育の目標の明確化
       道徳教育の目標は何か。「一人一人の子供の道徳性を育むこと」でよいか。
A必要な資質・能力の育成
       より良い人生を送り、人として望ましい生き方を実践していくのに必要な力は何か。道徳性の育成を支える批判的思考力や自律性等の育成に重点を置いた指導内容や方法を追究する。
B授業設計の研究
       従来の道徳の授業構成を検証し、「考える道徳」「議論する道徳」という新たな道徳の授業スタイルの授業をどのように組み立てるか。
Cいじめの問題への対応
       上記Bの中でも特に「いじめに正面から向き合う「考え、議論する道徳」への転換に向けて」という文部科学大臣メッセージ(2016年11月18日)に対応した道徳の授業の在り方をどのように考えるか。
D他の教科・領域との関連
       道徳科の授業を、特に、総合的な学習の時間や特別活動、生徒指導等とどのように関連させるか。
E教材の在り方
       上記@〜Dに対応した適切な教材をどのように作成・選定するか。
F学習評価の在り方
       適切な評価方法は何か。例えば、一人一人の子供がどの程度道徳性を身に付けたか達成の度合いを観点別・項目別に評価するという考え方でよいか。
                                                               (次号に続く)

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◇ 今月のおすすめ書籍 ◇
〜主体的・対話的で深い学びとは〜 「学習指導要領改訂のキーワード」
解説 無藤隆  制作 馬居政幸 角替弘規 定価1900円(税別) 明治図書

 小・中学校の次期学習指導要領が3月末、告示されました。小学校は平成32年度、中学校は平成33年度より順次全面実施となります。小学校高学年における外国語科の導入やプログラミング教育の必修化など改訂の目玉となりそうなものもありますが、実は今回改訂は学習内容の新設や見直しはそう多くはありません。むしろ、改訂の趣旨を伝えるため論述内容を1.5倍にした「総則」や育成したい資質・能力を明確にした「各教科」など、内容構成を抜本的に見直したことが特色ではないでしょうか。

従来、授業時数や学習内容の「量」に焦点が当てられがちだった改訂の議論は、ようやく「質」の議論に変わったといえそうです。本書は、中央教育審議会教育課程部会長として改訂の議論に中心的役割を果たした無藤隆・白梅学園大学教授が改訂のポイントを解説するものです。

学習指導要領解説本というと退屈なイメージがありますが、馬居政幸・静岡大学名誉教授が無藤氏の聞き手となった対話形式。「改訂の背景」、「社会に開かれた教育課程」、「カリキュラム・マネジメント」、「『資質・能力』と『見方・考え方』」、「主体的・対話的で深い学び」等のポイントについて馬居氏が無藤氏から言葉を引き出していく手法が読者の理解の助けとなっています。教育心理学やカリキュラム研究の成果だけなく教育実践にも精通する無藤氏の解説は説得力がありますし、次期学習指導要領について自分がいかに一知半解だったかも確認できます。

また、学習指導要領の解説本ではありますが、「学び」とは何か、改めて私たちに問う一冊であるような気もします。次期学習指導要領を知る取っ掛かりとして、手にとられてはいかがでしょうか。              (猫)

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