カモミールnetマガジン バックナンバー(ダイジェスト版)

 2015年11月号 

◆ 目次 ◆ ----------------------------------------------------------------------

(1) 所長だより
(2) 教育時事アラカルト
(3) 子どもたちが自律的な学習者になるために -アクティブ・ラーニングの勧め-
(4) 今月のおすすめ書籍

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◇ 所長だより ◇

ある熟達教師の成長の軌跡(2)
         教職教育開発センター所長   吉崎静夫

 先月に続いて、関西大学初等部に勤務する三宅喜久子先生について書いてみます。

 三宅喜久子先生は、鹿児島県に生まれ、鹿児島大学を卒業後、鹿児島県の中学校に3年間勤務されました。その後、結婚を契機に、岡山県の教員となり、公立小学校や特別支援学校などに勤務されました。公立小学校での勤務の傍ら、岡山大学大学院教育学研究科修士課程を2005年に修了されました。そして、2006年に、第一回文部科学大臣優秀教員の表彰を受けられました。また、NHK教育テレビ「わくわく授業」で三宅先生の実践(総合的学習・自分を見つめる未来予想図)が取り上げられました。

 2009年から関西大学初等部の開校準備に関わり、関西大学初等部の独自のカリキュラムである「思考スキル習得の学習(ミューズ学習)」の指導を担当しています。その傍ら、関西大学大学院総合情報学研究科博士後期課程に在籍して教育実践研究を続けています。

 では、このような教育実践と教育研究を長年にわたって続けてこられた原動力は何だったのだろうか。また、どのような試練に直面し、そのことをどのように克服されたのだろうか。

 第一の試練は、岡山県の特別支援学校(肢体不自由)に勤務されていたときに、「何もできない自分」に絶望したことです。通常の小・中学校で培った知識・技能がまったく役立たなかったそうです。そこで様々な教育的営みを試行したようです。そこから、三宅先生は、「個に応じた指導・支援」のノウハウを少しずつ身に付けられました。教育界で多大な成果をあげた教育実践家は、特別支援教育に携わった経験がある方が多いと言われています。三宅先生もまさにその一人です。

 第二の試練は、勤務している岡山県の公立小学校が「道徳教育の研究校」に指定され、三宅先生も夢中で教育実践を重ねているときに、先輩教師(研究主任)から痛烈な批判を受けたときです。校内研究会の席で、「三宅先生は自分の思いばかりが先だっていて、子どものことが見えていない」と言われたのです。まさに、「天狗の鼻をへし折られた」ということです。この先輩教師の発言内容には一理あるだけに、三宅先生も納得せざるを得ませんでした。その研究会の間、ずっと泣き続けていたそうです。

 これらの試練を克服できたのは、三宅先生が人並み以上に「レジリエンス(回復力、復元力)」をもっているからではないかと思います。近年、心理学や精神医学、さらに教育の分野において、精神的健康を維持する概念として注目されています。まさに、ストレスや脆弱性の反対の概念として使われています。

 次に、勤務している岡山県の公立小学校が「放送教育の研究校」に指定されたとき、指導者として来られた水越敏行先生(大阪大学)と木原俊行先生(当時、岡山大学)との出会いが三宅先生に大きな影響をあたえました。お二人の先生から、教育実践と教育研究をどのように結びつけたらよいのかを学ばれたようです。特に、教育においてメディア(テレビ放送やICTなど)をどのように活用したらよいのかを、理論と実践のつながりの中で学ばれたようです。例えば、2001年から2009年にかけて放送されたNHK教育番組『おこめ』では、放送番組とWeb上のデジタル教材を連動させた新しい放送教育の授業実践者として活躍されました。経験豊かな教師がインターネットのような新しいメディアを自分の授業の中に取り入れることは、一般的にいって「抵抗」があるものです。自分の授業スタイルの変更を求められるからです。しかし、三宅先生は新しい教育に挑戦することに躊躇されることはありませんでした。このような新しい実践ができるのは、三宅先生が人並み以上に「チャレンジ精神」をもっているからではないかと思います。また、優れた教育研究者との出会いがあったからではないかと思います。

 三宅先生のような「熟達教師の成長の軌跡」を見てみると、教師の学習・成長にとって、その他の職業人と同様に、「チャレンジ精神」と「レジリエンス」がいかに重要なのかがわかります。

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◇ 教育時事アラカルト ◇

PTA予算を考える
         教職教育開発センター教授 坂田 仰

 PTA(parent teacher association)は,保護者と教職員で構成される団体である。第二次世界大戦終了後,日本を訪れたアメリカ教育使節団が,子どもの教育を学校のみで完結させるのではなく,家庭,地域社会の協力の下で行われるべきという理念の下,その活動を提言したことが起源だといわれている。

 PTAはあくまでも任意団体である。学校毎に結成するかしないかが決定され,保護者毎に加入するか否か,また一度加入したとして脱退するか否かを判断するのが建前である。だが,この原則を貫いているPTAはそれほど多くない。子どもが入学すると同時に会員とされ,一方的に会費の請求がなされる場合も少なくなく,その不透明さが問題となっている。

 予算の使い道についても同様である。数年前,和歌山県や大分県等で,PTAから学校への補助が過剰に行われているとして問題となったことは記憶に新しい。和歌山県では,県立学校が徴収した会費のうち約三億円が,本来は学校の設置者が負担すべき校舎の修繕費などに使用されていたとして批判を浴びることになった。他方,大分県では,修学旅行の下見と称し,校長が外国を訪問し,その旅費をPTA予算から支出していたとされる。

 1960(昭和35)年,地方財政法の改正に合わせて発出された,文部事務次官通達「教育費に対する住民の税外負担の解消について」以降,「PTA寄附金の学校教育費に占める割合は,年々減少してきている」と言われている(文部省『学制百年史』)。しかし,寄附金が減少したとしても,経費補助がこれだけ大規模に行われているとしたならば,事態はむしろ悪化していると見るべきであろう。

 「学校の設置者は、その設置する学校を管理し、法令に特別の定のある場合を除いては、その学校の経費を負担する」と定められている(学校教育法5条)。PTA予算が「学校の第二の財布」と揶揄されないためにも,この学校経費の設置者負担主義を念頭に置き,保護者,地域住民の視線に沿った使途を考えていく必要がある。

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◇ 子どもたちが自律的な学習者になるために  ◇
    -アクティブ・ラーニングの勧め- (No.8)
         家政学部児童学科特任教授 稲葉 秀哉

6「自律」と「自治」

(1)「学習の自律性」
 本コーナーの第2号で、子どもたちの「学習の自律性」について述べました。「学習の自律性」を「学習の内容や方法を自分で選択して計画を立て、その計画を実行して、学習の進み具合をモニターしたり、成果を評価したりすることができる能力」「自分に適した学習環境を整備でき、教師も含めた他との関わりや協働を通して学習を進めることのできる力」と定義し、子どもたちを自律的な学習者として育てることが重要であると述べました。

(2)「学習の自律性」の育成
 また、「学習の自律性」を育成するには、子どもたちが主体的、探究的、協働的に学ぶ「アクティブ・ラーニング」の実践が効果的であることも述べました。
 「アクティブ・ラーニング」は、「教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学習法の総称。学修者が能動的に学修することによって、認知的、倫理的、社会的能力、 教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成を図る。発見学習、問題解決学習、体験学習、調査学習等が含まれるが、教室内でのグループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワーク等も有効なアクティブ・ラーニングの方法である。」(文部科学省用語集)と言われています。
 このことを踏まえ、子どもたちの「学習の自律性」を育成する上での「土台となる部分」について、今月号と来月号の2回に渡って、考えていきたいと思います。

(3)学習の自律性を育成する土台
 上で述べたように、「アクティブ・ラーニング」を進めるには、教科の学習において、グループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワーク等の子どもたちが能動的に学習に参加する機会を多く設定することが有効であると言われており、実際に多くの学校では、これらの活動を取り入れた授業の工夫・開発に力を入れています。このことは至極当然であり、異を唱えるものではありません。
 しかし、ここで忘れずに着目したいことは、「学習の自律性」を育成するのに必要な場面ということです。どのような場面で育成するのか。それは、「教科学習」の場面に限らないということです。「学習の自律性」を育てるには、実は、教科の学習場面と並行して、あるいはそれよりももっと前に、「土台となる部分」を育てる場面があるということに目を向けることが大切です。

(4)「自治意識」の醸成
 「学習の自律性」の「土台となる部分」とは、子どもたちの「自治意識」です。自分たちで学校の課題を見つけ、自分たちで解決していこうとする自発的で自治的な意識です。この意識が育っていない段階で、学習場面だけ子どもたちが主体的、協働的、探究的に活動するということはありえないのです。
 学校生活(特に特別活動)において、日常的に、子どもたちが、「@学級や学校生活の中から問題を見つける A問題解決の方法や活動過程を話し合い、決定する B実践活動において、互いに協力して役割を果たす C自ら活動を振り返り、評価する※」等の自発的、自治的な活動を実践しているという場面や環境があって初めて学習活動においても主体的、協働的、探究的に取り組むことができるのです。

(次号に続く。)
※@〜Cの項目は、富山県総合教育センター指導室資料より引用。

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◇ 今月のおすすめ書籍 ◇
〜 「社会のために尽くす」という思い 〜「広岡浅子―明治日本を切り開いた女性実業家−」
 小前 亮著  定価860円(税別) 星海社新書

今、話題のNHK朝ドラ「あさが来た」のヒロインといえば、広岡浅子。三井家に生まれて広岡家(加島屋)に嫁ぎ、炭鉱や銀行の経営に手腕を発揮して傾きかけた加島屋を立て直す一方、日本女子大学設立に多大な貢献をなし、女子教育の普及に努めた実業家です。71歳で没するまで行動し続けたバイタリティには心底驚嘆します。さて、ドラマの原作本として古川智映子著『小説 土佐堀川』がよく紹介されますので、今回は時代背景を絡ませながら浅子の生涯を追った本書を選びました。浅子の一生を追うことで、明治という「熱い時代」、そして、その時代に生きた人々の「社会のために尽くす」という「熱い思い」を知ることができます。日本女子大学設立に奔走する成瀬仁蔵と浅子は、まさに「熱い思い」を共有する同志でした。当時、加島屋においては炭鉱開発(九州)が佳境を迎える時期でした。九州に赴くことが多かった浅子ですが、大阪に帰るわずかな時間をみつけては成瀬と共に政治家や実業家に支援を求めて飛び回る様子が所収資料から見てとれます。さらに、実業界から引退した後は勉強会を主宰し、次代を担う女性リーダーの育成に情熱を注ぎます。井上秀(日本女子大学第4代校長)、小橋三四子(編集者・ジャーナリスト)、市川房枝(政治家)、村岡花子(翻訳家・児童文学者)など様々な分野で活躍する女性たちを支援しました。幕末から明治という大変革期、立ちはだかる難問に挑みながら常に先頭で駆け抜けた浅子。「押しが強く、口うるさい大阪のおばちゃん」という感じで少し怖いのですが、多様な価値観が混在する現代を生きる私たちを見て何を言うのか聞いてみたい気もします。まずは、叱られるのでしょうかね・・・ (関)

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