カモミールnetマガジン バックナンバー(ダイジェスト版)

 2015年5月号 

◆ 目次 ◆ ----------------------------------------------------------------------

(1) 所長だより
(2) 教育時事アラカルト
(3) 子どもたちが自律的な学習者になるために -アクティブ・ラーニングの勧め-


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◇ 所長だより ◇

「思考過程のモデル図づくり」による授業研究
教職教育開発センター所長   吉崎静夫

 授業研究の方法についての解説は先月号で終わりにしようかと考えていましたが、授業研究の先人たちの仕事の紹介がなされていないことに気づきましたので、あと数回続けることにしました。

 わが国の授業研究をリードしてきた研究者の一人が、大阪大学名誉教授の水越敏行氏です。そして、水越は多くの著書を書いていますが、代表的著書の一つが水越敏行(1987)『授業研究の方法論』明治図書です。

 本書は、水越がおよそ30年間にわたって行ってきた授業研究を「他人のまなざし」で客観的に分析して、一般化可能なものと、特殊なものとを自らの目と手で弁別しようとする願いをもって書かれたものです。したがって、本書で扱われている内容は、「教育技術に関する研究」「学習過程・学習指導法の研究」「教育内容の研究」「すぐれたモデルによる授業研究」「授業設計に関する研究」「授業記録の研究」「授業とメディアに関する研究」「授業研究と学校研究」など、実に多様なものです。それだけ、水越が多様な視点から、教育現場の教師や他分野の研究者らと精力的にプロジェクト研究を行ってきたということです。

 ここでは、「思考過程のモデル図づくり」の研究を取り上げてみます。それは、教師からの入力(説明、発問など)に対する子どもの反応を予想(先読み)して、子どもの「思考のルート・マップ」を作成するものです。これを授業の前に作成することで、単元のコースアウトライン(単元構成)ができあがるともに、授業評価に活かすことができます。つまり、「思考過程のモデル図を用いて、学級全体や抽出児の思考の変容を追跡したり、教師の意図とのずれを分析したりすることができる」(水越1987:186)ということです。もちろん、この「思考のルート・マップ」をもつことで、教師は子どもの多様な反応や応答を柔軟に扱うことができるようになります。

 ところで、水越らは、何回も試行を繰り返し、カード法による思考過程のモデル図作成の手順を次のように開発しました。
(1)入口(普通は学習問題)、中間点、そして出口(普通は本時や小単元のまとめ)の3か所は共通にする。
(2)それらの間における子どもの思考のつながり、ひろがりを可能なかぎり予想する。カード1枚に1項目を子どもの言葉で書く。
(3)予想した思考の筋道は、カードに123―――の番号であらわす。
(4)1つの考えに関連して、幾通りかの変種が予想される場合は、1−a、1−bというような記号を付記しておく。
(5)各教師は、自分が記入し終ったカードを番号順に並べてみる。
(6)各自が並べたものの中から、共通というか重複するカードを見つけ、それを取り出して一まとめにする。
(7)(6)でまとめた共通カードについて、縦の系列的な関係を考えて線で結んでいく。
(8)縦の系列ができたら、授業過程を想定して、横の関係を調節していく。例えば、予想を立てる段階のカードだけをそろえる。
(9)全体を見渡して、「ありうるカード」を補充したり、縦横の配列を調整する。

 このように、「思考過程のモデル図づくり」は授業の設計・実施・評価のすべての側面に関わることができます。それは、教育現場が求める授業研究の方法論であり、授業研究の技法であるといえます。

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◇ 教育時事アラカルト ◇

生活保護と学資保険
教職教育開発センター教授 坂田 仰

 景気が上向いていると言われ出してから随分と時間が経過した。しかし,生活保護を受けている家庭の数は今もなお高水準にある。

 生活保護法は,日本国憲法25条が規定する生存権の理念に基づき,「国が生活に困窮するすべての国民に対し,その困窮の程度に応じ,必要な保護を行い,その最低限度の生活を保障するとともに,その自立を助長すること」を目的とした法律である(1条)。生活保護法に基づく保護には,生活扶助,教育扶助,住宅扶助,医療扶助,介護扶助,出産扶助,生業扶助,葬祭扶助の8つの種類が存在している(11条)。

 このうち教育扶助は,困窮のため最低限度の生活を維持することのできない者に対して,「義務教育に伴つて必要な教科書その他の学用品」,「義務教育に伴つて必要な通学用品」,「学校給食その他義務教育に伴つて必要なもの」を扶助する制度である(13条)。だが,教育扶助は義務教育を対象とするものであり,高等学校や高等教育機関への就学に必要となる費用は扶助の対象とはならない。それ故,高等学校への進学率が90%を超え,大学等,高等教育機関への進学率が50%に達した現在,保護家庭にとって,進学費用の確保は大きな課題となっている。

 この点が争われたのが学資保険訴訟である(最高裁判所第三小法廷平成16年3月16日判決)。受給者が子どもの高等学校への就学費用を確保するために加入した学資保険の満期保険金のうち,貸し付けに対する弁済金等を控除した残金44万円余を受け取った。これが収入と認定され,生活保護受給費の減額の決定が行われたため,受給者がその取消し等を求める訴訟を提起している。

 判決は,まず「生活保護法の趣旨目的にかなった目的と態様で保護金品等を原資としてされた貯蓄等は,収入認定の対象とすべき資産には当たらない」とした。その上で,ほとんどの者が高等学校に進学する状況にあること,高等学校に就学することが自立のために有用であると考えられること,生活保護の実務においても高等学校への就学を認める運用がされつつあること等を理由に,「被保護世帯において,最低限度の生活を維持しつつ,子弟の高等学校修学のための費用を蓄える努力をすることは,同法の趣旨目的に反するものではない」とする判断を示している。

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◇ 子どもたちが自律的な学習者になるために -アクティブ・ラーニングの勧め-(No.2)  ◇

(2)自律的な学習者
家政学部児童学科特任教授 稲葉 秀哉

 一人一人の子どもが、生涯にわたって、他と関わり合いながら自ら進んで問題解決に向かっていくことができる力を身に付けるには、授業において、子どもたちの学習者としての自律性を育てる指導サイクルを構築することが大切です。第2回目の今回は、「自律的な学習者」ということについて考えてみたいと思います。「自律的な学習者」については、これまでも主に語学(外国語/第二言語/日本語)教育において、多くの研究実践が重ねられてきています。それらの知見を振り返ってみましょう。

(1) 学習者の自律性 (learner autonomy)
 「学習者の自律性」とは、学習者が自律的に学習する能力や態度のことです。
青木(2005)は、「自分で自分の学習の理由あるいは目的と内容、方法に関して選択を行い、その選択に基づいた計画を実行し、結果を評価できる能力」と述べています。また、青木(2008)は、「人が何らかの理由で何かを学ぼうと思ったときに、学習の内容や方法を自分で選択して計画を立て、その計画を実行して、成果を評価する力」と言い換えています。

(2) 自律学習 (autonomous learning)
 「自律学習 (autonomous learning)」とは、「日本語教育重要用語1000」(国立国語研究所監修 1998)によると、「学習者自身が自己の学習に主体的に関わり学習を孤立化せず、教授者や教材や教育機関などといったリソースを利用して行う学習」を言います。

 これと似た言葉に “self-directed learning(以下SDL)”があります。ユネスコによるSDLの定義では、「個人もしくは集団が自ら開始し、自らの学習プロジェクトに関してその計画立案、実施、評価の第一義的な責任を引き受ける学習の過程。独立学習 (independent learning) とは違い、通常、教師や友人、あるいは制度の援助を受けて行われる。」とあります。(「成人教育用語集」UNESCO 1979)

 この概念をDickinson(1987)が第二言語教育へ取り込み、言語学習における自律学習の必要性を論じ、また自律学習を自律の状態によって、“Self-Instruction”(学習者が教師からの直接的な操作を受けずに活動する学習状況。自律学習の中立的な表現。)、“Self-Direction”(学習における全てを決定する責任を学習者が持つ状況。ただし、完全に学習者自身だけで実行するところまでいかない。)、“Autonomy” (学習者が学習の全ての意思決定と実行を責任を持って行う完全な意味での自律した状況。教師の関与はない。)の3段階に分けて定義しました。梅田(2005)は、「このSDLは、“autonomous learning” とほぼ同様の概念を指しているとみてよいだろう。」としながらも、「80年代のSDL 概念は、最終的に自己決定、自己管理へとつなげているが、現在では、教師など他者の役割の重要性が認識され、相互決定という方向へ発展してきている。」として、「学習者が教師をリソースとして利用する場合、また、学習者と教師が学習について相互決定する場合、教師は従来の教えることを中心とした役割とどのように異なる役割を担うのだろうか。」と、より積極的に学習者と教師の相互の関わりの重要性に着目しています。

(3) 自律的な学習者 (autonomous learner)
 学習者としての「自律性」を備え、「自律学習」のできる学習者を「自律的な学習者」と言います。Benson (2001)や Holec (1981)は、「自分の学習をコントロールできる学習者であり、自分にどのような学習が必要であるかを見極めて学習のゴールを決め、その学習に必要な教材を選択し、自分の不得意な部分を認識して適切な学習のペースや時間配分を決め、《学習の進み具合をモニターしたり、学習の成果を評価したりすることができる学習者》」(《》は筆者による。以下同じ。)と言っています。メタ認知の発想が入っているところに特徴があります。 Oxford(2003)は、「自律的学習者」というのは「自己評価、自己分析ができ、自分で目標設定をし、必要な学習環境を整えることができ、《必要があれば自分で必要な情報や助けを求めることができる学習者》」であると述べています。SDLの「独立学習 (independent learning) とは違い、通常、教師や友人、あるいは制度の援助を受けて行われる。」という考え方を踏まえています。

 本コーナーでは、これらの知見をもとに、「学習の自律性」を「学習の内容や方法を自分で選択して計画を立て、その計画を実行して、学習の進み具合をモニターしたり、成果を評価したりすることができる能力」とします。そして、「自律的な学習者」とは、「学習の自律性」を持ち、自分に適した学習環境を整備でき、教師も含めた他との関わりや協働を通して学習を進めることのできる力も備えた学習者と定義します。また、「学習の自律性」「自律的な学習者」という考え方は、語学教育にとどまらず、どの学習場面においても共通する基本理念と捉えます。さらに、学習の目的を「さまざまなリソースを有効に使って自律的に学習する能力を身に付けること。」(梅田 2005)とします。

 次回からは、特に学習者の自律性の育成という観点から、子どもたちにとって重要なキー・コンピテンシー(ダブル・ループ思考、キュレーション能力等)を取り上げていきたいと思います。

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